「君に頼みたいことがあってな。ほかの者では不安なのでこうして来たんだよ」
「なんです?頼みたいこととは?言ってください。わたしに出来ることなら引き受けましょう」
「そういってくれると思っていたよ。ありがとう。実はわたしには老いた母がいて七十を超え、妻はまだ三十前だ。だから、ここにあるわしが残した財産をわしの家にまで送ってきてくれ」
「わ。わかった!」
「それから、わしが書いた文章をなんとかこの世に出してくれんか、私の名をこの世に残したいのでな」
「なるほど」
「まだ一つ願いがある」
「なんですか?」
「わしは人に銭を借りておってな。銅銭で数千だか、悪いが君がわしの代わりに返してくれんか?」
「え、数千もの銅銭の借金を?」
「そう。返してくれ。でないとわしは安心してあの世へ行くことが出来ん。いいだろう?君とわしの仲だ」
「そ、それは、いいですよ。わたしには貯金があるので何とか借金を返しておきましょう」
「それはありがたい。これでもう言い残すことは無い。君は長生きしてくれよ」
「は、はい」
「では、さらばじゃ」
ここまで聞いた甲は、死んだ乙が礼儀正しいので、恐ろしさはすっかりなくなていた。そこでここで乙が行ってしまえばこれからは会えないだろうと思っていった。
「もう行ってしまうのですか?あなたがここを離れてしまえば、もう会えないのでしょう。ですからもう少しお話して別れを惜しんでは?」
「うん?いいのか?」
「いいですよ?わたしはあなたを少しも恐れていませんから」
「そうか。ではもう少しわたしが生きていたとき、君と過ごしたときの話でもするか」
「そうしましょう」
こうして乙は甲のいうとおり、甲の床に座り込み、話し始めた。
が、しばらくして、外で何かの音がした。と、このとき、甲は乙の顔色が少し変わったような気がして、何かの白い息のようなものが乙の体から抜け出し窓から外へふわふわと飛んでいった。すると乙は立ち上がり、外のほうを向いて言い出した。
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