「わしはいくぞ」
これを聞いた甲は、乙の前に立った。すると乙の顔が真っ白になり、目がひかりだし、口から牙を出し始めた。これには甲はびっくり。
「どうしたんです。帰るのですか?」
「そう。わしは帰る」
乙は怖い顔してこういったものの、その場を動こうとはしない。
怖くなったのは甲、これはいかん。死人が動かなくなったと思い、慌てていると、なんと、立っている乙の体から腐った肉のにおいがしてきた。これには甲はぶるぶると震えだした。
「もう、話すことはありませんから、どうか帰ってください」
しかし、死んだ乙はなおもそこに立ったまま。
「どうか、ここをおたち下され!おたち下され!」
甲は必死に言うが当の死んだ乙はびくとも動かない。そこでここにいては大変になると考えた甲は、自分から部屋の外へ逃げ出した。するとそれまで動かなかった乙はなんと、両目をぎらぎら光らせ、「うーうー!」と怖い声を出しながら甲の後を追っかけてではないか!夜であるが、月が出ていたので、後ろを振り向いた甲には明るいつきの光の下で乙の追ってくる乙の様子がわかった。
こちら甲は恐ろしさのため気が狂いそうになりながら必死に逃げるが、なんと死んだ乙の足のほうは速い。そのうちに甲は何かに躓き、転んでしまった。そこへ乙が追いついで来て甲の上に覆いかぶさったので、甲はこれで死ぬと思って目をつぶった。
しかし、その後甲は覆いかぶさってきた乙の体の重みを感じるだけで、'自分の顔やほかのところもなんとも無いことが分かった。そこでびくびく震えながらゆっくりと目を開けると、目の前には恐ろしい乙の顔があるので、「ヒーッ!」とまた目をつぶった。しかし、乙は動かないでいる。甲は動いてはいけないとそのまま暫くじっとしていたが、そのうちに死んだ甲の体から出る腐った肉のにおいが耐えられなくなり、死に物狂いで乙の体をのけた。と、その途端、甲は気を失ってしまった。
|