やがて夜が明けた。甲は通りががりの人に助けられ、しばらくして気が付いた。また乙の屍は、死人が家から逃げ出したとびっくりして探しに追ってきた乙の家族に引き取られ、ふるさとで葬られたという。
さて、ある日、一人の高僧が旅の途中に、同じ師をもつ北蘭寺の住職を尋ねてきた。そして住職から寺の近くにある読書人の住まいで、おかしなことが起きたときき、自ら甲の住む部屋に赴き、ことの仔細を尋ねたので、甲は恐る恐る当時のことを詳しく言って聞かせた。
この高僧、話を聞き暫く黙ったあと、次のように話した。
「人のたましいは魂魄ともいいましてな。で、魂は善良で、魄は邪悪でござり、魂は霊気を帯びますが、魄にはそれがなく、愚かなのです。つまり死んだ友人がこられたときには魂は魄を覆っていましたが、そのうちに魂は去ってしまったので魄だけがのこり、死人を動かしたのです。この世でいう動く死人とは魂が抜けた状態の死人の動きのことでござるよ」
これを聞いた甲は改めてびっくりした。
「でも、あの時死んだ乙さんは、わたしを追いかけるだけで、怪我をさせませんでしたよ」
「それは運が良かったからでしょう。そうですな。かなりの方術を心得ていれば別ですが」
「わたしにはそんなものはありません」
「それはそれは、良かったですな。運が良くなければ、食いちぎられていたかもしれませんぞ」
これに甲、気を失いそうになった。これを見て高僧は微笑みながらその場を去っていったそうな。
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