第12回世界水泳選手権が現在オーストラリアのメルボルンで開かれています。今回行われる水泳競技のうち、最も注目されたのは、何と言ってもシンクロナイズトスイミングでしょう。去年12月に中国のシンクロ代表の監督に就任した井村雅代氏のご指導の下で、中国代表がどこまでやれるかが、今回の注目となっていました。
今月20日に行なわれた決勝で、中国の双子コンビ、蒋文文・蒋テイテイは絶妙な演技を披露し、4位となりました。しかも3位に1.167点の僅差ということで、惜しくもメダルに手が届かないという成績。これは、中国勢がこれまでの世界大会で取った最高成績となりました。
中国のシンクロのこれまでの最高成績は、前回の世界選手権での6位でしたから、これは大躍進といえるでしょう。井村さんが代表監督に就任してから、まだ3ヶ月足らず。元々力を付けつつあった中国シンクロですが、当然、彼女の指導力というのは無視できないと思います。
蒋文文と蒋ていていのペアは、予選第4位の成績で当日の決勝戦に入ったわけですが、決勝では、リズム感のよいパワーあふれる曲「天使の放浪」をバックに、双子姉妹は十分に持ち味を発揮しました。ただ、この4位という成績について、井村監督は決して満足していないようです。
「当然不本意です。今回彼女に対しては特に具体的な目標を設定せず、とにかく本来の力をしっかり発揮すること・・」
もう一点、井村さんがおっしゃっていたことを補足すると、今回、この二人にはすでにメダルを争う実力を備えていたと、ただ、このシンクロという競技は、審査員の印象や先入観というのが非常に大きな要素を占める部分があるため、まあ恐らく「まだメダルを取れる状況ではない」との判断があったのでしょう。結局、採点の上で4位に止まったというわけです。
蒋文文・蒋ていてい姉妹は去年のドーハアジア大会で日本の選手を破り、ペアの優勝を果たしました。アジアで圧倒的優位を誇る日本を脅かす存在として、日本のメディアも大きく彼女らを取り上げました。そして、その二人の指導者に井村氏が就任した、ということで、大きな衝撃が走ったわけです。
井村雅代さんはかつてシンクロナイズトスイミングの選手でした。そして、引退後、日本代表チームのコーチになりました。1984年、シンクロがオリンピックの正式な競技種目に指定されてから、井村監督は日本代表を率いて6回オリンピックに出場し、8個のメダルを獲得したのです。日本シンクロを世界レベルにまで引き上げた最大の功労者として、日本の「シンクロの母」とも呼ばれています。
その井村氏が就任してから3ヶ月。実際、井村さんはまだ日本のクラブチームの指導もありますし、あとフランス代表の指導も兼ねている状態ですから、中国にべったりというわけには行きませんでした。ただ、この短い期間ではあるものの、彼女らの中に着実に「井村イズム」が浸透してきているのは事実といえそうです。そのあたりを蒋文文選手に聞いています。
「井村コーチが来てから、いろんな新しい理念がトレーニングに取り込まれるようになりました。例えば、体のコントロールなどでは、これまでは力の分配だけに気をつけていたのですが、体自身のコントロールにあまりに注意しなかったのです。井村コーチは点を強く指摘してくれ、すぐに役立ちました。とてもコーチの指導ははっきりいって、とても厳しいです。でも『厳しい先生の下に優れた生徒がいる』はずですから、私達もそのやり方を理解しています。」
現在、井村雅代監督の指導の下、中国代表の選手たちは毎日朝8時から夜8時までの超過密スケジュールで、懸命にトレーニングで励んでいます。
このペアについて、では井村監督はどう考えているかというと、まずその身体能力について、世界的に最も条件に恵まれているペアの一つだといっておられます。また足が長い、そして双子ということもあって、コンビネーションも優れている、息が合ったコンビということで、いわばシンクロに最適な条件を備えたペアということです。
しかし、シンクロはこれまで欧米諸国で盛んに行われていますが、中国ではあまり注目されていないスポーツでした。ビジュアル的な面や、力強さ、それから音楽との融合などが強調されるこの種目では、中国の選手たちはこれまでなかなか欧米選手との差を克服できなかったのが実情です。でも、これらの問題は、日本シンクロを世界レベルに押し上げた井村コーチによって解決されはじめたというわけです。
ところで、この井村氏の中国代表監督就任については、日本国内で多くの論議が巻き起こっているのが事実です。で、メディアの中には、井村氏を非常に過激な言葉で批判しているものも少なくありません。
この井村さんの中国代表監督就任というのは、日本人の立場で考えてみれば、複雑な思いがないといえば、ウソになるのでしょう。つまり日本人の中では微妙な思いがあるわけです。ただシンクロの世界でアジアは圧倒的に遅れているのが現状であり、その中で日本シンクロをここまで引き上げて、実績を作った井村さんは、今度は日本だけにとどまらないアジア全体、世界全体のことを考えて、指導者として頑張っていただきたい・・その第一歩として中国の監督になるというのは非常に大きな意味を持つと思います。
逆に考えれば、日本のシンクロが世界的に認められたことでもありますし、中国の力が向上して、中日が競い合う状況になれば、お互いのレベルももっとアップするのでしょう。
特に中日の指導者交流というのは、今に始まったことではなく、以前からずっと続いています。バレーボールや卓球、今も柔道や野球などでもありますし。何でライバルを指導するんだ・・裏切り者・・なんていう狭い範囲ではなく、アジア、そして世界のスポーツ界という視点で見て、井村さんの監督就任にエールを送りたいなあと思います。
来年の北京オリンピックにおける中国代表の目標について、井村監督は、「私は中国代表を率いて歴史を作るために中国にやってきた。このチームには非常に優れた選手がいる。私たちはこれから中国代表が強いと世界にわかってもらう」というふうに抱負を語っていました。
来年の五輪で、日本と中国がともにメダルを競い合えるようになれば、素晴らしいと思います。(文章:王丹丹 03/26)
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