日本の「能(のう)」は、およそ600年の歴史をもつ、現存する世界最古の舞台芸術。舞踏・芝居・音楽・詩といった様々な要素が含まれた総合芸術で、ユネスコの無形遺産にも指定されています。
その「能」が、2007年、北京で上演される計画があります。今回わたしは、準備のために北京を訪れていた、観世流能楽師・坂井音重先生にインタビューしてきました。
坂井先生は、「来年は2007年、ちょうど日中友好35周年の節目の年にあたります。その年に、さらに大きく、日中の交流の輪を広げ、歴史ある文化の交流を発信したいと思っています。人々の心の美しさ、はぐくまれてきた心の安らぎをみなさんにお伝えしたいと思います」と意気込みを語ってくださいました。来年は、中日国交正常化35周年。それを記念する公演の企画が、中日のあいだで進められているのです。最近、基本合意に達した段階で、詳細は未定ですが、北京京劇院のみなさんとの共同演出が予定されているとのこと。
京劇との共演は、実は今回が初めてではありません。2002年、中日国交正常化30周年のときに、両国のあいだで数々の記念行事が行われましたが、そのうちのひとつとして、能と京劇の共同演出が行われたことがあります。5000人を超える観客を集め、大成功だったそうです。そのとき日本側から参加していたのが坂井先生で、今回ふたたび35周年という節目を迎えるにあたり、もう一度、よりスケールアップした共同演出をやろうというわけです。
ところで、「能」と「京劇」、一見まったく違うもののように見えますが、坂井先生いわく「まるで兄弟。顔は違うけれど、心は同じ」なのだそうです。そもそも「能」は、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈る民族芸能や田楽(でんがく)、物まね芸能の猿楽(さるがく)、そして古くから伝わる中国の芸能などが、互いに影響しあいながら発展してきたものとされています。ですから、「能」の演目を見ていると、中国の物語を題材にしたものもいくつかあります。たとえば、白楽天の「長恨歌」、あの「楊貴妃」の物語を題材にした演目もあります。あとは「項羽」や「邯鄲」といった演目もあるんです。「能」が大成したのは600年前、京劇は500年前といわれていますから、歴史的には「能」のほうが古いのですが、内面に含まれる要素は中日共通している部分もあるようです。来年の舞台では、そうした「能」と「京劇」の共通部分も感じてほしいとおっしゃっていました。
最後に、坂井先生は、「精神性の高いもの、でも決して難しくなくて、見て楽しいものをめざしたい。そのためには高い水準の芸でないとダメ。クオリティの高いもので、みなさんに楽しんでいただきたい。人間の信頼関係や愛、そういうものがいかに大切かということを、公演を通して感じ取っていただきたい」と抱負を語ってくださいました。日本の、そして中国の伝統文化の素晴らしさをぜひ感じてほしい。質の高い舞台を追求していきたい。坂井先生のまっすぐなお心に、わたしも強く打たれました。来年の舞台が実現・成功することを心からお祈りしています。
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