1997年、王鉄男さんは天山山脈の東の高峰・ボゴダ山の登頂を目指しましたが、準備不足のため失敗し、もう少しで命を落とすところでした。
翌年、二度目のチャレンジをした王鉄男さんは登山隊を率い、ようやくボゴダ山の登頂に成功しました。当時のことを振りかえって王さんは「私たちが頂上までわずか200メートルの所まで登った時、天気が急に悪くなり、ベースキャンプから携帯ですぐ撤退するよう命令がありました。しかし、一旦撤退すれば、今回の登頂計画は失敗すると考え、私は携帯の電源を切りました。そして登山隊を率いて、引き続き頂上を目指し、ついに、登頂に成功しました」
2001年8月、王鉄男さんはシャーテ古道の探険の旅を開始しました。天山北面にあるシャーテ谷は典型的な第四期氷河谷の一つで、シルクロードの中で最も険しい古道と知られています。この探険の旅で王さんは最愛の親友・董務新さんを失いました。「このことを通じて、人間が自然の前ではいかに無力であるかが分りました。私たちは死むことによって自分の勇敢さを証明するのではなく、自分の勇敢さによって死を克服する必要があります」
董務新さんが遭難した後、王さんは大きなショックを受け、急に痩せて、髪も白くなりました。翌年、王さんは沈痛な思いで再度ボゴダ山に登頂し、董務新さんの遺骨を彼らが一緒に登頂した天山の峰に散骨しました。
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