カメラマンの謝懐瑞さんは、今年64歳の男性で、新疆ウイグル自治区の中心地・ウルムチ市に住んでいます。撮影を始めたのは、幼いとき、家の隣にあった写真館のおかげだと話しています。
「写真を撮るため、父に連れられてそこに入りました。そこで、木造の写真機に惹かれました。そして、小さなゴムボールをぎゅっと握ると、人の影がネガに焼きつくなんて、とても不思議だと思いました」
17歳の時、謝さんは貯めたお金で、カメラを一台買い、本格的に撮影を始めました。ある年の春、仕事でトルファンに出張するとき、春の耕作風景を撮影しました。それを新聞社に投稿し、見事に採用されました。以来、謝さんの作品はどんどん発表されるようになりました。風景にしても、人物にしても、撮影するとき、謝さんはいつも自分の感情を込めて、個性を出しています。謝さんは、およそ四十年に渡る撮影の中で、いつも新疆にレンズを当ててきました。
では、クイズです。カメラマンの謝懐瑞さんは、撮影作品を新疆にある、どんな工芸に織り込みましたか。
1997年、謝さんは、南部の町深センで「シルクロードへの思い」をテーマとした個展を開きました。シルクロードの風情を遥かに離れた町で見られることから、地元で大ヒットしたのです。中でも「シルクロードへの思い」という作品は、この年で、「97年秋カナダ国際図書、ビデオ作品博覧会で国際名誉賞」を獲得しました。これについて、謝さんは、
「シルクロードでは、二つのルートが新疆を経由しており、東西文化がここで交差しています。各民族のそれぞれの風俗や習慣には、価値のあるものがいっぱいあります。たとえば、服装や生活様式は異なっています。ですから、この土地は、文化や芸術の埋蔵量が豊かな鉱山帯のようだと思っています。ここを訪ねる時はいつもその風景や風情を撮影しています」
謝さんはなんでもよく考えるタイプです。新疆や撮影に関することをいつも考えています。彼のアイデアは、経営難に陥った絨毯の工場を再生させました。
タペストリーは新疆の伝統的な工芸品です。しかし、従来から変わらない図柄は、だんだん受け入れられなくなりました。2000年、謝さんは、撮影作品をその模様に生かそうと思いつきました。
「芸術の命は、新しいものを作り出すことにあると思います。パソコンを通じて撮影作品に別の視覚的効果を出せるかどうかを考えました。タペストリーはわれわれ新疆の伝統的な工芸の一つで、数年までは主に輸出していました。しかし、ここ数年、図柄と技法が時代遅れになったため、この産業は低迷に陥ってしまいました。これを見て、撮影作品の図柄を絨毯やタペストリーに織り込めるかもしれないと思いつきました」
タペストリーでは、いままで図柄を織るときは、色糸をせいぜい十数種類ぐらいしか使いませんでしたが、撮影作品をタペストリーに取り込むためには、少なくとも数百種類の色糸が必要になりました。謝さんは、同窓生でウルムチ絨毯工場の辛茂徳元副社長の所に話を持ち込みました。辛さんと社員たちは、研究に研究を重ね、やっと成功し、新疆絨毯の歴史に新しい一ページを開きました。
最初の作品は、長さ2メートル、幅1メートルの大きさの「コヨウの威風(姿)」で、砂漠の中で生きる木・コヨウの逞しさを表しています。この色とりどりの鮮やかなタペストリーが完成したとき、謝さんは涙が止まりませんでした。
「タペストリーを織る女性たちが作業をするとき、私は毎日見に行きました。この作品がウルムチ美術館に展示されたとき、本当に胸がいっぱいになりました。写真を見事に再現できたからです。それに、別の形による再現なので、私たちの本来の願いが叶ったのです」
2005年3月、新疆撮影芸術タペストリーが、ウルムチ美術館で展示されました。その記者会見で、出席者たちは、作品の斬新で美しい図柄に魅了されました。その後、全国各地のバイヤーやコレクターが集まってきました。倒産の危機に瀕していた企業も再生し、活気にあふれています。謝さんは、自分の撮影のために新たな道を切り開いただけでなく、新疆のタペストリー業界にも活気をもたらしました。
では、クイズを繰り返します。
カメラマンの謝懐瑞さんは、撮影作品を新疆にあるどんな工芸に織り込みましたか。
回答とお便りをお待ちしています。
あて先は、郵便番号100040
北京放送・中国国際放送局日本語部「新疆シリーズ」係です。
では、来週のこの時間までご機嫌よう。
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