北京に来て間もない頃、十分な買い物も外食も炊事もできず、インスタントラーメンで済ませことが何回かありました。そのとき痛感したのは、当然のことではありながら、日本人と中国人は味の好みが違うということです。一口に言えば、北京のインスタントラーメンは香が強く、味が濃く、辛くて甘いといえるでしょうか。もちろん、これはこれで十分おいしいものですが‥。
日本ならいずれも麺類ということばで済まされてしまうものが、こちらにはいろいろあるような気がします。たとえば、小麦粉で作ったうどん系のもの、米の粉で作ったビーフン系のもの、緑豆をベースにした春雨系のもの、硬い豆腐を線状にした豆腐系のもの、何がベースか分かりませんが日本の焼きそば系のもの、しかも太いものから細いもの、丸いものから平たいものまで、実に多様な加工と調理の仕方があるものだと感心します。そうした、多様な麺状のものが、中国人好み(北京っ子好み?)のこってりした味に仕立てられると思ってください。
中国の沿岸部や南部の地方の料理は日本人好みだという話をよく耳にしますが、雲南ミーシェンはまさにその一つといえるかもしれません。ミーは米、シェンは糸などを表す漢字を書きます。
北京市海淀区双楡樹のデパート、スーパー、映画館などが集まる人通りの多い一角に『橋香園過橋ミーシェン』(通称、雲南過橋ミーシェン)があります。映画を観た帰りにいつも立ち寄るという中国人職員の話に惹かれて出かけてから病みつきになりました。「過橋ミーシェン」の過橋というのは、同行した日本人専門家の吉田さんによれば、昔、科挙を受験する夫のために毎晩ミーシェンを作り、橋を渡って届けたという妻の故事にちなんで名付けられたものだそうです。
店はいつも混んでいて、合い席お構いなしの大衆食堂といった感じです。メニューは一種類だけのスープのミーシェンと副食にする様々な涼菜があります。ミーシェンの値段は中に入れる具の多少によって、12元(日本円で180円位)から60元まで段階があります。この日は、まず標準的と思われる16元のものにしました。
雲南地方の民族衣装を感じさせる青い衣服と三角巾を着けた服務員が、ドンブリいっぱいの熱いスープ、米の粉で作った細めのうどんといった感じのいわゆる麺、一つ一つ小皿に乗せられた具を別々に運んで来ます。全部揃ったところで、まずスープの中に具を入れ、それから麺を入れて食べるのです。具はウズラの生卵、薄切りにした豚肉、鶏肉、薬味などで、熱いスープの中で程よく煮える感じでした。そして、肝心なのがスープ、紛れもない鶏ガラを使った白い塩味のスープで、濃厚なコクがありながらさっぱりとした風味です。このスープが、硬くもなく柔らかくもない丸みのある食感の米のうどんに親しみを感じさせます。
客たちは、店のコーナーで思い思いに買い求めてテーブルに運んできた涼菜とともに、もりもり食べています。私も、周りの人に影響されたような気分で麺やスープを堪能しましたが、器に残ったスープの味を楽しむ頃、ちょうど満腹になるという趣でした。鶏ガラで出汁をとったコクのあるスープに満足しつつ、塩辛く濃い味を好む北京の人たちもこうした味は好きなんだなと思わせられました。
(写真、文 満尾巧)
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