30年ぐらい前のヒット曲に「学生街の喫茶店」というのがありました。金はなくとも、若さと自由を謳歌することが出来た時代の気分をよく表しています。当時、喫茶店と並んで、学生街に不可欠だったのは、安くてボリュームのあるメニューを出す食堂と、これまた安く飲める居酒屋でした。北京の各地にある日本料理店はどこも高級感があってちょっと近寄りにくい感じがするところが多いようですが、そんな中、北京の学生街といえる場所に、居酒屋風の日本料理店を見つけました。学生に限らず、仕事帰りの日本人サラリーマンならちょっと寄り道してみたくなる、そんな店です。
海淀区の魏公村界隈には北京外国語大学、中央民族大学、北京理工大学などのキャンパスがあり、内外からの学生が多い場所です。それぞれのキャンパスに通じる街路は、雑然としていながらも、どことなく伸びやかな空気が感じられます。
日本料理居酒屋「加藤屋」は、こちらの大学で教えていた加藤さんという人が12年前に開店したそうです。北京外大に通じる路地の入り口にある小ぢんまりした店は、周りの小さな食堂や串焼きの店などに紛れて、「日本料理」と書かれた看板が意外に感じられるほどです。ほの暗い店内には小さなカウンターと、4人用テーブルが5、6個、隣には小上がりもあるようで、若者達の談笑する声が聞こえます。この日も、日本語、中国語、英語などの若い声が響いていました。
加藤さんから経営を引き継いで3年になるのは、内蒙古出身の若い老板(マスター)、巴達日胡(バダルフ)さんと妹の美榮(メイロン)さんです。二人は、馴染みの客からそれぞれ、包(パオ)ちゃん、幸っちゃんと呼ばれ、親しまれています。幸っちゃんは上手なイントネーションで「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と客に声をかけます。二人とも日本語がなかなか達者ですが、学校で日本語を学んだことはなく、大部分はこの店でお客さんたちから教わったということでした。
さて、気になるメニューは、若者たちが多いだけに、看板はトンカツやカレーライスのようです。刺身や寿司は置いていません。それ以外の日本料理は一通り揃っています。ウナギ蒲焼、トンカツ各種、カレーライス各種、そば、ヤキトリ、唐揚げ、ポテトサラダ、ニラ玉、揚げ出し豆腐、冷奴、たこ焼きなどなど。
包ちゃんの一番のお勧めは揚げ物、トンカツということでしたが、開店当時のオーナーだった加藤さんのこだわりを引き継いで、どれも、日本人好みの良い味に仕上がっています。値段も手頃で、トンカツ各種、カレーライス各種20元前後、ご飯、味噌汁、漬物のセット5元、ヤキトリ1本3元、冷奴5元といったところです。カレーライスやトンカツライスなど、単品の食事を楽しむ若者たちも結構いる様子でした。
カウンターの椅子に座って、壁に並んだ日本酒のボトルなどを眺めながら冷奴やヤキトリを肴にちびちびやっていますと、かつて日本で仕事帰りに立ち寄った居酒屋と変わらない、落ち着いた気分になってきます。日々の中華料理に食傷気味になったら、一人でふらっと寄り道できる、そんな気楽な場所になりそうです。
(写真、文 満尾巧)
|