中国で「有人宇宙飛行プロジェクト」が発足して10数年。最近では、2005年10月、有人宇宙船「神舟六号」の打ち上げに成功し、華々しい成果を収めています。しかしこの栄光の影に、血のにじむような苦しみや、張り裂けそうな悲しみが渦巻いていたことは意外と知られていません。この物語は、プロジェクトの舞台裏をつぶさに描いたヒューマンドラマです。
総合指揮部のもと、飛行士や研究者らが結集する有人宇宙飛行プロジェクト。エンジニアだけでも3000人、全体では10万人ものスタッフを擁する一大プロジェクトです。
このプロジェクトが発足したのは、1971年4月のことでした。プロジェクト・ネームは「曙光」。しかし、当初このプロジェクトはまったく重要視されていませんでした。
1992年9月21日、中国政府がプロジェクトのてこ入れを決定。やっと、このプロジェクトは日の目を見ることになります。
プロジェクトの中枢を担うのは、「8101」と呼ばれる特殊チームでした。隊長・仲人と副隊長・孟化川のもと、数十人のメンバー達が総力を挙げて目指すもの。それはまさに、有人宇宙船の打ち上げ成功でした。
しかし、彼らの願いは早くも打ち砕かれます。第一回宇宙船の試射があえなく失敗に終わり、「8101」のメンバー達は世間から非難を浴びることになります。しかし、彼らは再び研究を重ね、翌年には見事、無人宇宙船打ち上げを成功させます。
2003年、「8101」のメンバー達は、ついに有人宇宙船「神州五号」の発射にこぎつけます。ところが、隊長・仲人を悲しみが襲います。研究チームの一員として公私共に仲人を支えてきた彼の妻が、病気で亡くなってしまうのです。しかし、仲人は悲しみをひた隠し、全身全霊を込めて発射前の最終検査に打ち込みます。
「神舟五号」の打ち上げは成功、21時間後、宇宙船は無事帰還しました。帰還飛行士の笑顔をモニターで見ながら、仲人の脳裏には、さまざまな思い出が走馬灯のように巡っていました。「8101」の隊員たちのこと、そして、亡くなった妻のことが・・・。
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