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中国のお茶の産地を北上させた「お茶の母」
   2008-02-05 13:58:37    cri
 中国では、ずっと昔から、お茶は、南部の気候や土にしか合わず、北方ではお茶が取れないという考えがありました。しかし、陝西省商南県の農業技師、張淑珍(ちょうしゅくちん)さんは、数十年間お茶の栽培に取り組み、南部でしか採れないお茶を北部に移植し、中国のお茶の産地を300キロ以上北上させました。

 張さんの努力の結果、陝西省の人達は、お茶栽培でまとまった収入が得られるようになりました。張淑珍さんも、2000年もの中国茶の歴史を書き換えました。張淑珍さんは、70歳ぐらいの年配の女性です。今も現役として忙しい毎日を過ごしています。商南県では、張さんを「お茶の母」と呼んでいます。商南県の茶産業にとって、張さんは欠かせません。彼女の仕事は商南県の茶産業の歴史と密接に結びついています。

 張淑珍さんは、1961年に、大学の林業関連の学科を卒業して、商南県の林業管理部門に就職しました。当時、商南県の人々は非常に貧しい生活をしていました。張さんは、大学で習得した知識を活かして、みんなの生活改善のために色々と工夫しました。

 彼女は、最初は経済価値の高い木材を生産して、人々の暮らしを改善しようとしました。しかし、何回も試してみましたが、すべて失敗しました。

 張さんはこれについて、「我々林業管理部門の担当者が責任を取って、山間地域の人々が豊かな暮らしを送れるようにしなければならないと思っていた。当時、生ウルシやオオアブラギリの栽培を試みたが、利益を得るのが難しくて、結局諦めてしまった。いったいどんな木を植えたらいいのか、本当に困っていた」と語りました。

 木材の販売は、現地の交通状況や販売ルートなどとも関係があります。当時は、まだ改革開放政策が行われていなかったため、生産した木材を販売するには大きな困難がありました。

 ところで、張さんは、現地の植生の研究に取り組み、より相応しい経済作物を探し始めました。商南県は、中国の南部と北部の境にあたる秦嶺山脈にあり、植物の種類が豊富です。張さんは、植生状況を調べるうちに、現地の人達がお茶好きだということに気づきました。なんと、「一日お茶が飲めないくらいなら、むしろ三日塩がなくてもいい」という諺があります。しかし、現地ではお茶が穫れないため、土地の人は他所から運ばれてきたお茶を買っていました。

 1962年、張淑珍さんは、商南県内で林業調査を行った時、意外にもお茶の木を9本見つけました。張さんは、コロンブスがアメリカ大陸を発見したのと同じような気分になりました。「大規模な栽培に成功したら、商南県の人々も現地で収穫されたお茶を飲めるようになるだろう」と思って、張淑珍さんはこの9本のお茶の木を苗木畑に移植し、お茶の栽培を始めました。

 お茶の木は気候や土などにこだわりがあり、栽培はかなり難しいそうです。張淑珍さんは、お茶の木を移植してから、初めての茶摘まで、8年かかりました。

 張さんは、「1970年に、自分が植えたお茶の木から、1.9キロのお茶を摘んだ。その後、これらの木を山の上に移植した。大規模にお茶の栽培をするには、山間地が一番適しているからだ。山の荒地0.13ヘクタールをお茶畑に改造し、植えたお茶の木は全部根付いた」と述べました。

 お茶の栽培の技術問題をクリアしたら、今度はまた資金の問題が残っていました。現地の人達は貧しいので、個人の資金でお茶生産をすることは出来ません。1972年、張淑珍さんは、中国中部のお茶産地である湖南省を見学した後、商南県政府に、「県がリードして茶産業を発展させる」提案をしました。

 張さんは当時のことについて、「商南県政府はこの提案に大賛成してくれた。詳しい研究と調査を行った後、山の荒地を茶畑に改良して、お茶栽培を大規模におこなうことになった。1972年から、茶畑の拡張が始まり、2万人を動員して、山の荒地を茶畑に改良したこともある」と述べました。

 70年代初期は、まだ計画経済体制なので、商南県のお茶産業の規模拡大はなかなか困難でした。1980年代初めは、茶畑の面積は460ヘクタール余りにとどまっていました。張淑珍さんは、78年に実施された改革開放政策によって、みんなが貧困から脱出したいと思っていることを強く感じていました。しかし、当時、茶畑の経営は家族単位の請け負いで、栽培技術の普及や市場の情報も不十分なため、お茶の販売は難しい状態でした。

 1984年に、張淑珍さんは現地の37ヶ所の茶園を連合して、お茶の栽培、加工と販売を一体化した「商南県茶連合経営公司」を設立し、自分が副総経理のポストに付きました。この会社は農民たちに、お茶の栽培技術の指導から販売までをサポートするものです。

 2006年に、商南県の茶園の面積は4600ヘクタール余りに達しました。年間生産量は500トンを超え、生産額は2300万元までになりました。現在、お茶産業は現地を支える三大産業の一つとなっています。張淑珍さんの会社は、現地で生産したお茶を原料に、銘茶シリーズを開発、販売し、商南県のお茶産業の知名度を高めています。

 張淑珍さんは、まさに半生を現地のお茶産業にささげてきたといえます。このため、全国の貧困撲滅優秀人物と模範労働者に選ばれ、労働者にとって最高レベルの表彰である「メーデー労働メダル」を中国政府から授与されたことがあります。

 現在、張淑珍さんは、山の荒地のほか、畑、森林や道路両側の空いているスペースまで利用して、茶園を作ろうとしています。この3年間に、商南県では、挿し木によるお茶の木の栽培に成功し、茶園の面積を2000ヘクタール拡張しました。砂漠化寸前の土砂崩れに悩まされる40平方キロの荒地の整備にも成功しました。また、お茶の木を植えることで、耕地を森林に戻すことにも成功しました。

 張淑珍さんはこれからの事業展開について、「これからはお茶の品質向上に力を入れていく。人々の所得増加にプラスとなり、消費者のニーズを満たすこともできる」と述べました。

 張さんは、商南県を中国北方の重要なお茶の生産基地にするために、福建省のウーロン茶、鉄観音、雲南省のプーアール茶などの銘茶品種を導入するつもりだということです。将来は中国北方産のいろいろなお茶を日本でも飲めるようになるかもしれません。(文:KH)

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