武漢市は、中国の中央部、湖北省の省都で、歴史豊かで交通の要衝でもある大都会です。ここに暮らしているお年寄りたちはどんな暮らしぶりをしているんでしょうか、たずねてみましょう。
郭宗耀さん、57歳。2年前、湖北省のある建築会社を退職しました。定年まであと二カ月しかなかったとき、病院での検査で直腸癌にかかっていることが分かりました。「手術を受けて、化学的治療を継続すれば、病状は悪化しないだろう」と医師から言われました。でも手術を受けても、まず病院に4万元の保証金を支払わなければなりません。医療保険に入っていない郭さんは、途方に暮れて、治療を諦めようと思いました。
中国の医療保険システムは、ここ数年の間に整備されました。それまでは、公務員の医療費は、その人の職務によって、国が、医療費の全額か大部分、あるいは一部を負担していました。企業の場合は、その企業の経緯によっていろいろなケースがあります。郭さんが勤める建築会社は、もともと国営企業でした。国営企業では、従業員の医療費は企業が負担することになっていました。しかし、郭さんの勤める企業は収益率が悪く、「特別貧困企業」と言われていました。企業は郭さんの医療費を負担することができません。郭さんは、2年前のことを振り返って、次のように話しています。「この会社で長く働いてきたので、会社の責任者は、医療費を貸してくれると言ったが、私は、借りても返すことはできないため、治療を止めようと思った。」
でも、郭さんの家族は諦めませんでした。あっちこっちから8万元も借金をして、郭さんに治療を受けさせました。郭さんの年間所得は、1万元ぐらいしかありません。返済の負担は大変なものです。でも、そうした中で、新しい医療制度の恩恵が受けられることになったのです。
1990年代から、中国では、国営企業に対して改革を行い、そして、近年、医療制度の分野でも改革を行っています。湖北省政府は1年前、郭さんのような企業の従業員を対象に、新しい医療保険の加入手続きを行いました。去年8月のある日の朝、会社の同僚から郭さんに電話がありました。「団地の管理所に医療保険関係の銀行カードを取りに行ってください」という内容でした。
結局、郭さんが、自己負担する医療費は15%で済みました。現在、すべての借金を返し、病状も安定して、のんびりした定年後の生活を送っています。
2006年、湖北省政府は、資金を拠出して、郭さんを含む7000人余りの企業従業員を医療保険に加入させました。また、今年は、より所得の少ない従業員にふさわしい医療保険制度の制定を急いでいます。
ところで、医療保険は、お年寄りたちの健康の支えとなりますが、かれらの心の健康もとても大事です。各住宅団地は、退職者センターを設立して、お年寄りが集団スポーツなどに参加することを呼びかけています。今年60才を迎えた張湘娟さんは、よくセンターを訪れています。張さんは、「退職後、私にとっては、体を鍛えることが一番大事だ。ほかには、家事だね。そして、孫の面倒を見ること。今、私と主人は、二人とも退職して、のんびり暮らしている」と話しました。
張さんは、団地の様々なグループの会員になりました。ゲートボールや書画、釣りなど。みんなと一緒に好きなことをやって、若返った気になるそうです。張さんは、こう語りました。「健康が何よりだ。わたしたちのような年寄りは、体をよく鍛えて、病気にならないようにがんばらなければならない。そうすれば、家族の迷惑にならないし、国の負担にもならないだろう。」
さて、張さんが勤めた武漢市鉄道局の管轄下には80余りの会社があります。4万人以上の退職者のため、100余りの退職者センターが設立されました。一部の退職者は、定年後も、身につけた技術などを生かしてなにかしようとしています。武漢市政府は、定年退職した医療関係者に団地の医療所に「再就職」してもらう制度を作りました。健康で、再就職の意向がある医療退職者は再び医療の仕事をすることで、毎月600元から1000元までの報酬を受け取ることができます。再就職した一人、62才の張鳳雲さんにマイクを向けました。張さんは、かつて、武漢市内の病院の外科医でした。現在、団地の医療所では、一日に五、六十人を診察しているそうです。張さんは、「患者さんの疑問に、答えられることは、すぐ答える。解決できることはすぐ解決する。解決できない場合は、どんな病院のお医者さんに診てもらえばいいかをを教える。患者を助けられることに満足している。自分がまだまだ、現役でいられることを証明している」と語りました。
働くのもよし、好きな趣味に打ち込むのもよし、お年寄りがそれぞれ自分の好きな生き方で健康な老後を送れるのが一番素晴らしいと思いますね。中国でも日本でも、そんな時代が本当に来て欲しいと思います。(文:藍暁芹)
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