7年前、アメリカのアカデミー賞を受賞したイタリアの映画「ライフ・イズ・ビューティフル」、ご存知の方も多いでしょう。第二次世界大戦中に、ナチスの強制収容所に拘束された親子の物語で、残酷な現実が子供の心に暗い陰を落とすことはないようにするため、父親が収容所の暮らしについて「これはゲームなのだよ」と、嘘をついた物語です。
似たようなことは今日の中国で起きました。これは癌にかかった女の子の夢を叶えるため、数千人が協力してついた温かい嘘の物語です。
8歳の欣月ちゃんは、北京から1000キロほど離れた長春市に住む女の子です。両親に大切に育てられてきた欣月ちゃんですが、去年、とんでもない不幸が彼女を襲いました。脳に癌ができたというのです。
病状が少しずつ悪化して、次第に目が見えなくなり、話すこともできなくなってきました。医者は「もうそう長くないから、何かしたいことがあれば、やらせてあげて」と両親に宣告したそうです。
欣月ちゃんの一番の夢、それはいつか教科書で知った天安門広場での国旗掲揚式を見物することです。一度でいいから自分の目で、掲揚式を見たい・・天安門広場は彼女にとって憧れでした。しかし、今の病状では長旅に耐えられません。飛行機による移動も危険で医者の許可もでません。でも、この世に生まれたわが娘の小さな夢を何とかかなえてあげたい・・そんな思いで父親は、その思いを地元のメディアに伝えました。
地元の夕刊紙「都市晩報」の陶彬記者は、この父親からの思いに心を動かされ、ある記事を書いたのです。欣月ちゃんの夢を叶えるため、みんなで嘘をつきましょう・・と。それは一人の女の子のために多くの市民が一緒につく『温かい嘘』への呼びかけでした。
「記事が載せられた翌日から、電話が多くかけられてきました。数百本はあるでしょう。みんな欣月ちゃんの夢を叶えてあげたいと言っています。場所を提供してくれるという学校とあれば、見物者の役をしてくれるという人々もいます。このような電話がたくさんかかってきました。」
市民たちがつく温かい嘘・・それは目の見えない欣月ちゃんに、天安門広場で見物したと思わせるよう、"模擬"国旗掲揚式を地元の長春市で行なおうというものです。
3月22日早朝、「うそ」の当日。欣月ちゃんはタクシーに乗って出発しました。両親は「いよいよ北京の天安門広場へ国旗掲揚式を見物に行く」と欣月ちゃんに言い聞かせました。
疲れないように、運転手さんはスピードを落として運転します。欣月ちゃんはそのうちに眠ってしまいました。
3時間後、タクシーが止まり、欣月ちゃんは目を覚ましました。欣月ちゃんは北京についたと信じ込んでいました。そして北京に来たことを信じ込ませようと、もう一つ工夫をしました。「北京では地方の車が中心部に入れないから"4番バス"で天安門広場に行く」ことにしたのです。そこに、地元長春市のバスが走ってきました。乗客はすべて、この嘘の辻褄を合わせるために来たボランティアです。
バスが停留所に止まったとき、ボランティアの"ニセ乗客"が、車掌さんに道を聞いたりして、間もなく天安門広場に到着することを、欣月ちゃんに示します。バスは途中、四ヶ所の停留所に立ち寄って、乗客役のボランティア、何人かが、それぞれの停留所で降りました。バスの中では、北京の方言でおしゃべりをする人もいれば、北京の天気の話をする人もおり、まるで本当に北京にいるようです。バスはようやく「天安門広場」に到着しました。人々は協力して欣月ちゃんの車椅子をバスから下ろしました。
実は到着したのは、『長春市公共関係学校』の運動場で、待っていたのは学校の先生と生徒たちです。それぞれが"本当の"天安門広場にも数多くいる観光客や行商をする人たちの役を演じ、臨場感を作り上げようとしました。
そして、いよいよ掲揚式を行う儀仗隊が登場します。
本当の天安門広場の掲揚式と全く同じように、儀仗隊の足並みは美しく揃っています。このためにボランティアたちは一生懸命訓練をしてきたのです。号令を大声でかけながら、入場。そして、全く実物と同じ動作で、きびきびと国旗をポールにかけます。祖国の国歌が運動場、いや「天安門広場」に流れてきました。厳かに国旗が上っていきます。一人のボランティアが、目の見えない欣月ちゃんのそばで、この過程を説明しました。
このときの様子を、新聞「都市晩報」の記者、陶彬さんがこう語っています。
「掲揚式が始まるとき、欣月ちゃんの顔に素敵な笑みが見えました。これまで見たこともなかったような嬉しそうな笑顔です。掲揚式の途中、私たちは一斉に国旗に向かって礼をすることになっています。そのときは、体になかなか力が入らないようで、つらそうでした。でも頑張って礼をして、式が終わるまで、毅然と国旗の方向に目をやっていました。」
北京から長春市に出張にきていた呂宏さんは、北京の方言が堪能なため、バスの車掌さんの役をしていました。「人生の中で今まで多くの嘘をついてしまいましたが、今回だけは、安心して嘘をつきました。」と呂さんは温かく笑いました。
目の見えない欣月ちゃんを「天安門広場の国旗掲揚式」に連れて行くため、見ず知らずの市民2000人が協力しましたそうです。でも、このストーリーはここでは終わりません。
この『温かいウソ』は多くのメディアに取り上げられ、報道されました。そして欣月ちゃんのために何かをしたいと思う市民が数多く名乗りをあげたのです。
その結果、欣月ちゃんは『本当に』北京にくることができ、北京の病院で癌を取り除く手術をうけることになりました。北京の著名な医師たちが欣月ちゃんの病状を診察しました。いつか本当の天安門広場で国旗掲揚式が見られればと、医師たちは考えています。
4月11日午前8時半、欣月ちゃんは癌を取り除くため、手術室に入りました。
手術の外には家族が不安な表情で待っています。お医者さんが手術室から出てくるたびに、人々が囲んで状況を聞きます。
8時間の手術を経て、午後4時に、欣月ちゃんはようやく出てきました。担当の石先生が手術の状況を説明してくれました。
「全体的には手術がうまくいっています。今のところ、患者の意識ははっきりしていて、手足も動きます。ただ、今は順調とはいえ、今後の術後の観察が必要ですから、何が起こるか、予想できません。とにかく頑張ってこの子を救おうと思っています。」
しかし、たとえ手術が成功しても、欣月ちゃんの目が再び見える可能性は少ないそうです。
多くの長春市民のお蔭で欣月ちゃんは、夢だった『天安門広場で国旗掲揚式の見物』を"体験"することができました。そして、北京市の大勢の人々のお蔭で手術を受けることができました。この小さな命のために、たくさんの「温かいウソ」が、そして温かい手が差し伸べられたのです。そして今、多くの市民たちが欣月ちゃんに奇跡が起きるよう願っています。
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