舒乙先生は中国現代文学館の館長で、満州族の作家、有名な画家でもあります。彼は中国近代史上有名な文学者??老舎先生の息子で、老舎研究会の学者でもあります。彼の名前は舒乙、人々に「舒乙先生」と親しく呼ばれています。
しかし、老舎先生の息子として、父親の名声を利用したことはなく、むしろ父親の多くの学生と同じように、父親のことを「先生」と呼んでいます。舒乙先生にとって、「先生」と呼ぶ人は尊敬すべき師匠で、人生の見本でもあります。このような先生は2人います。一人は父親で、もう一人は中国有名な文学者、魯迅先生です。
中国で有名な画家であるものの、舒乙先生は60歳から絵画を勉強し始めたのです。60歳から絵画を勉強するなんて、遅すぎるのではないかと多くの人がそう思うかもしれません。しかし、これに対し、舒乙先生は自分の考えを持っています。
「美術を勉強するには、積み重ねが重要です。このような積み重ねは2つあります。一つは技術や技巧の積み重ねで、もう一つは生活から悟った感性の積み重ねです。技術で絵を書くことは、構図や光線の配置を最も合理的に調整できるかもしれないけど、決して命のある絵画ではありません。絵は人々の感情を伝えるものです。画家の個性や感情を込めて描かれた作品こそ、生きているものです。私にとって、絵を描くことは普通の人間が見えない、或いは見つからない美しさを探して、みんなに見せるためです。新しい感じを伝えられない作品は決していい作品とは言えないのです。」
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また、いま、一部の親が子供を絵画に勉強させたりする行為に対し、舒乙先生は自分の見解を伝えました。
「私は小さい子供を無理やりに美術なんかを勉強させたりすることには、賛成できません。いろいろと生活の経験を積み重ねたからこそ、いい作品が出来上がると思います。子供自身は絵画に興味がなければ、無理やり勉強させるのは子供が絵画に対する興味や感性を壊すだけです。」
チャキチャキの北京っ子で、満州族の出身でもありますから、舒乙先生は小さい頃から北京の四合院に住んでおり、中国の伝統文化に深い愛情を持っています。もうすぐ70歳になる舒乙先生は、今でも四合院の保護に力を入れています。
都市建設の発展につれて、一部の四合院が取り立てられたりしました。歴史文化遺産への保護を大切にするよう人々の注目を集めるため、舒乙先生は『四合院の物語』を描き、自ら歴史文化遺産への保護を呼びかけています。
そのほか、『西北の畑』、『窓際の草』、『子猫の爪』、『おじいさんの木』など、舒乙先生の作品は海外でも高く評価されています。
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