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• (七)井上靖 2011/05/31
 一九八九年、もう二十余年も前のことだ。北京放送の東京支局長をしていたわたしは、作家の井上靖さんをたずねた。東京世田谷の馬事公苑に近い井上靖さんのお宅の庭の新緑が美しい春の午後だった。日中文化交流協会の会長として語る日中文化交流の意義と展望、病軀を押して書きあげた……
• (六)廖承志 2011/05/31
 まず登場するのは、「廖公」と呼ばれてみんなから敬われ、親しまれた廖承志さんからいただいた小犬の絵と署名だ。廖さんは俗ないい方をすれば「中国の偉い人」の一人だ。1983年6月10日、享年75歳で亡くなられたが、当時は中国共産党中央政治局委員、全国人民代表大会副委員長……
• (五)杉村春子さんと北京の秋 2011/05/31
 九十一歳まで生涯現役を通した日本の名女優の杉村春子さんとは二回お話したことがある。といっても、二回とも日中文化交流協会主催のパーティーの席上の立ち話だったが、とても印象に残っている。一回目は、わたしが「まだ広島に行っていない」と話すと、杉村さんはわたしの目をじっと見ながら……
• (四)北京飯店509号 2011/05/31
 梅原が泊った昔の北京飯店の西隣りに8階建ての北京飯店が増築され、そのまた西側に軒を連ねて10階建ての貴賓楼という五つ星のホテルがオープンしているのだ。この8階建てと10階建ての建物にさえぎられて、昔の北京飯店の西側の部屋の窓から、梅原が目にした紫禁城や長安街を……
• (三)外国語上達法いろは 2011/05/31
 まず登場していただくのは東京生まれ、東京育ち、「江戸っ子」中国人の廖承志さん、中国共産党中央政治局員といういかめしい肩書きを持っていたが、いたってソフトな人柄、中日友好協会の会長や北京放送の局長をしていたこともある。もちろん、「べらんめえ調」の日本語を話す……
• (二)は孤ならず 必ず隣有り 2011/05/31
  一九七二年の中日国交正常化のさいの毛沢東・田中角栄会談 での話だ。田中首相が毛さんに大平正芳外相を紹介すると「大平」という二字を耳にした毛さんは、「太平」にかけて「天下泰平」とニコニコ顔で言った。まわりから笑い声がおこり、緊張していた田中首相の顔にも笑みが浮かぶ。この会談の通訳……
• (一)日本人上海市民第一号 2011/05/31
 あと三百日、二百日、百日と数えて待った上海万博も五月一日開幕、「上海市民は何かお正月を指折り数えて待つ子供のようにウキウキしているよ」――これは上海取材から帰ってきた北京人王君が羨ましそうに語った言葉だ。ところで、この国際都市上海で暮らす日本人は、いまや数万人とも言われているが……
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