青年医師の銭波さん 「ボランティア経験で国と国の人々の心の通じ合いを実感」

2022-05-06 13:17:33  CRI

 ラオスへ、セーシェルへ、モンゴルへ、トルコへ…中国からのボランティアたちは自らの青春と流す汗、情熱と専門知識で地元の人々や組織のためにボランティア活動を行い、愛と力を伝えています。今日は、ラオスで医療ボランティアをしていた華東療養院の青年医師銭波さんをご紹介いたします。

 2018年6月、銭波さんはラオスへの中国(上海)青年ボランティアサービス隊の第10陣の1人として、首都のビエンチャンに赴き、ラオス武装警察109病院でボランティア活動を行いました。銭さんは、この病院が現地では比較的レベルが高い病院にもかかわらず、依然、医療資源が非常に不足し、医療技術のレベルも相対的に遅れていることに気づきました。ある時、銭さんはほかの医師らと共に重症肺炎患者を診察しましたが、人工呼吸器がないため、患者の低酸素血症の症状が改善できず、また、救急薬品の不足で敗血症性ショックのコントロールができないため、結局患者の命を救うことができませんでした。

 銭さんは自ら、派遣元である華東療養院と中国共産主義青年団上海市委員会に連絡し、地域社会から義捐金を募り、ついには約30万元(約477万円)もするホルター心電図3セットと作業用コンピューターを購入してラオス武装警察109病院に寄付し、病院の医療レベルを効果的に引き上げました。ラオスでは医薬品の不足が深刻で、抗生物質類が足りないため、銭さんは薬効が近い薬剤を現地調達するほか、国内で身に付けた食材の薬用経験を現地の医師や患者たちに伝授しました。

 ラオスでのボランティア活動の期間中、銭さんは内科医としての役割だけでなく、国内の各診療科の医師や友人たちを率いて、ラオスの患者に「オンライン」サービスを提供していました。自分の専門外の問題にぶつかった時には、銭さんは真っ先に同僚たちに助けを求め、同僚たちはオンラインでの交流や資料を調べることを通じて、銭さんにさまざまな解決方法を提供してくれました。

 ラオスでの滞在はわずか半年間でしたが、銭さんは、ボランティアの立場を通して、人を救う力を実感しました。彼はまた、この経験を通じて、中国とラオスの伝統的な友情を伝えています。銭さんが最初に覚えたラオス語は「ありがとう」でした。それはラオスの人々がよく手を合わせて「ありがとう」と言ってくれたからです。最も忘れられない誕生日を過ごしたのもラオスで、ラオスの友人たちの心からの祝福を感じたということです。

 銭さんはまた、「海外でのボランティア活動を経験した人は皆、多かれ少なかれ人生が変わったのを経験しただろうと思う。心がより成熟し、意識がより健全になり、視野が広がり、目指すべき目標もいっそうはっきりした」と語っています。ボランティアという立場は、すでに銭さんの人生の不可欠な一部になったようです。(藍、坂下)

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