会員登録

役者・神田さち子さん(上)

2012-05-21 19:23:32     cri    

「声なき声」を後世に

中日の若者 歴史を踏まえてのつなぎあいを
一人芝居「帰ってきたおばあちゃん」に込めた思い

 それは、たった一人の舞台でした。高さの違う2つの腰掛に明かりを置く台が1つ。それにカバンが一つ。これが舞台に置かれたセットでした。しかし、そこには千軍万馬の勢いがありました。もちろん効果音や音楽、照明の演出はありましたが、何よりもステージの上を飛び跳ねながら駆け回り、変化に富んだ声で語り続ける主役の表現力に圧倒されました。
 わずか70分ほどの舞台には、いくつもの動乱の時代と60年余りにわたる日本人女性の半生が凝縮されていました。そこには涙あり、憤りあり、訴えがある一方、笑い、温もり、釈然、寛容と和解もありました。

 主人公は戦時中、「満蒙開拓団」の一員として、中国の東北地区に送られた日本人女性。主演は1944年に中国撫順生まれの神田さち子さんです。
 1996年の初演に始まり。これまでに日本と中国で180回あまり上演してきました。それでも毎回終わった後、「今後もやり続けていく」と決意を新たにします。
 「執念」とも見える強い思い入れの原点は神田さんの言葉に答えがありました。「ボタンの一つでも掛け間違えると、私の母が残留婦人になり、私が孤児になっていたかもしれない」。
 中国では、2008年からハルビン、長春、大連などで上演を重ねてきましたが、北京では、この19日と20日が初めてでした。企画、運営、スポンサー探しなどは、「北京で上演したい」という神田さんの強い意志に心打たれた有志たちが全て行い、今回の上演が実現したのです。
 民間や公からの協賛もあったものの、足りない部分は自腹を切ってカバーしていました。
 「自腹に限界があるし、決して自慢することでもない。国や公共団体を動かせるようなシステムができるように努力したい」
 一人芝居「帰ってきたおばあちゃん」に込めた強い思いは?北京での初ステージ(北京外大大礼堂)終了直後の神田さんにマイクを向けました。


























autostart="true"



















src="mms://media.chinabroadcast.cn/japanese/shentian.wma">BR>



type="video/x-ms-wmv"














width="350"




height="44">

■念願の北京公演の実現

――お疲れ様でした。手ごたえはどうでしたか。
 中国の首都・北京で上演できて本当に幸せです。会場は真っ暗で、皆さんの表情が見られないので、不安だったのですが、さきほどロビーで出会った皆さんがすばらしい感想を言ってくださって、私までもらい泣きしそうでした。とっても感触がよかったです。

――北京での上演が念願だったようですね。
 ハルビンや長春では、観客の中には残留婦人や孤児とそのご家族、関係者が多いのですが、これは一部の人たちのドラマであってはならない。とりわけ、世界中の人が集まっている北京で、戦争を知らない若者たちに、こういうことがあったんだと伝えたいと思って、首都北京で一度、やらねばならないと思っていたのです。

――今回のスタッフ構成は、最少人数だと聞いています。
 舞台監督、音響、照明と黒子の5人だけです。照明は本当は4~5名いるんですが、今回は1人で。でも、5~6名の後ろには20名、あるいはもっと多くの人が支えてくれていることが今回分かりました。とても感謝しています。

――ボランティアの学生さんも多かったようですね。
 私も驚きました。学生さんたちが生き生きと、そして何か喜びながら、楽しんで、一生懸命やっていらっしゃる姿に私は感銘しました。 

 

上演された北京外国語大学キャンパス内の大礼堂(左) 上演の様子(右)


■1996年 衝撃的な初対面

――神田さんが「帰ってきたおばあちゃん」の原型となる方々に出会ったのは1996年と聞いております。
 1996年、作家の友人に誘われて、中国から一時帰国なさった方々との集まりに行ったんです。そこで出会ったのは、私がそれまでの人生で、出会ったことのない佇まいの方々でした。すっごくそれが衝撃でした。
 その姿、顔、表情を見た時、これが日本のちょっと私たちより上の世代の女性なのかしら、とほんとにびっくりしまして。深く刻まれたシワ、能面のように表情のない顔。聞いても何もお答えにならない。帰りがけにボソッとその中の一人が、「もうね、日本という祖国には何も言うことはありません。でもね、私たちみたいな者がまだたくさん残されていることだけは、忘れないでください」、とおっしゃいました。そのように言ったその小さな、小さなやせ細った後姿が忘れられない。
 その時、ああ、これは特別な人ではないんだ。私だって考えたら、撫順で生まれ、記憶は何もないけれども、両親とともに元気に帰ってきた。もし一つボタンを掛け違えていれば、「忘れないでくださいよ」、と言った方が私の母だったかもしれないし、「マーマー、私は誰なの」と泣いているあの孤児は、私だったかもしれない、と心に響きました。

――小さい時、ご両親から、引き上げの時のことを聞かされたりしていましたか。
 引き上げ船の中で、2歳と5歳の私と兄はコウリャンとか、稗とか、粟を取り合いっこして食べて生き延びたらしいです。でも、一旦船の上のほうに上がると、ドボン、ドボンと毎日のように音がする。亡くなった人が海に捨てられる水葬の音でした。それを母はもうせつなくて、せつなくて、「ああ、今日も死んで、今日は5人、音を聞いた」とか言ってたらしくて、そういうことは母はよく言っておりまして。

■ 「声なき声」を背中に 養父母に心から感謝

――芝居の中に、「聞いてくださいよ」の台詞が何度も出てきたのが耳につきます。何も言わない彼らの代弁者になるんだというお気持ちが込められていたのでしょうか。
 そうですね。1996年に出会ったおばあちゃんの後姿も「声なき声」だと思うし、それをずっと背中に背負ってきたような気がします。
 2002年、一度、東北地区の方正県にある日本人公墓に行ったんですね。そこでお仲間の皆さんが、すがりついて泣くんですね。
 「ごめんね。姉ちゃんだけ生きて帰ってきて。やっと会いに来れたのよ」って、お墓の前で泣き崩れている姿を見て、「ああ、いろんな人たちがいろんな思いで、自分の肉親をそこへ置いてきたんだ。ましてや、中国の人たちを追い出して、自分たちが満蒙開拓団の土地を作ったりして、中国の人たちにもたいへんな迷惑をかけている、日本の人たちにもそういうつらい思いをさせた。その戦争のことを、誰かが語り継いでいかなければ、お墓に眠っている人たちは浮かばれないだろう」と。自分の生き延びたことへの感謝と使命感がふつふつと湧いてきました。

――ステージで「謝謝養父母!」とかみ締めるように、中国語で繰り返していました。
 ハルビンでは、私は養父母たちに正直に質問しました。「どうして敵国の子供を育てたんですか」と。そしたら、養父母の皆さんがね、「何を言っているんですか。命に敵も味方もありませんよ」と答えました。「そこに一つの赤ちゃんの命があれば、育てるのは当たり前だろう。敵の子供だからと言って、殺しますか。捨てますか」って言わんばかりの顔でした。
 それを聞いた時ね、私は恥ずかしかったです。なんと私たち日本人は狭い、狭い心をもっているんだろうと思いました。だから、その台詞は心の底から発した言葉なのです。

■伝えたい、次世代に戦争のことを

――これまでに180回以上も上演を繰り返してきました。
 毎回、汗みどろの姿で演じなきゃいけないんですが、終わった後、「これからもやり続けなければいけない」と思います。皆さんからかけられた励ましの言葉は元気の源です。
 「ずっと私たちの代弁者としてやってください」とか、私を主人公だと思って、「長生きしてずっと伝えてくださいよ」、とこう言ってお帰りになる人は、日本だけでなく、北京にも大連でも出会いました。
 この芝居は、中国に眠っている人たち、あるいは中国の皆さんに対しても御礼を込めて、やり続けなければならないと思っております。

――日本国内の上演で、一番心に残る皆さんからの感想は?
 若い人からは、「戦争というのは授業では習ったけど、こういう方々がいらっしゃったことを全然知らなくて、衝撃でした」と、一方、70代、80代の方からは「本当にあの通りでした。子供を育ててくれた中国の人たちへの感謝を、私たちは忘れているかもしれない」、という感想をいただいています。
 過去の歴史を掘り起こして、それを次の世代に伝えなきゃいけない。そういう使命感がこの舞台を通してあると思います。  

インタビューを終えた記者と神田さん

――今年は中日国交正常化40周年の節目の年です。最後に、両国関係の今後に向けて、一番伝えたいメッセージをお願いいたします。
 私たちから上の世代は戦争をしっかり知っております。そして、いろんな意味でぎくしゃくとしていて、それぞれ色んな意見がある。でも、これからの若い人たちはグローバルに行かなければならない。それは、過去の歴史をしっかり踏まえた上で、手をつなぎ会うことです。それを私は若い世代がこういう舞台を見ながら分かってほしいし、手をつないでほしい。すごくそれを期待している。

(聞き手・文責:王小燕)


【プロフィール】神田さち子さん

 1944年、中国撫順生まれ。「神田さち子語りの会」主宰。
 著書に「あなたに伝えたくて」「心のはらっぱ-語り愛つむぐ」「奈良のむかし話」「奈良の伝説」ほか。
 オフィシャルサイト【神田さち子の世界】

関連ニュース
写真トピックス
コメント
今週の番組
今日熱点
快楽学唱中文歌
特集ダイジェスト
LINKS