今回は、広西チワン族自治区靖西県に伝わる民族工芸品『繍球』を紹介します。
この『繍球』とは、刺繍を施した鞠のことです。繍球の歴史は、2000年以上前に遡ることができます。このころ、石にひもを付けて振り回し投げつける武器が、戦いや狩猟によく使われていました。それが次第に現在の繍球になっていったということです。
千年近くにわたり、繍球は愛情のしるしとして、若い男女に親しまれてきました。春節や中秋節、チワン族伝統の祭日である『三月三』などになると、チワン族の若い男女は誘い合って、村はずれの畦道や川辺の草地で、男女がそれぞれ一列に並び、互いに歌で問答をしながら気持ちを伝え合います。そして女の子は想いを寄せる人に繍球を投げます。もし双方が意気投合すれば、将来を約束します。
時代とともに、もともとチワン族の男女の間で、愛情のしるしだった繍球は、親族や友人に贈って気持ちを伝える縁起物になっていきます。
広西チワン族自治区の靖西県では、繍球のことを歌った民謡が伝えられています。靖西県は、ベトナムとの国境に接し、チワン族の人々がまとまって暮らしているところです。また山間にあり、美しい風景が広がることから、『小桂林』(ミニ桂林)と讃えられています。靖西県が管轄する旧州村は、美しい風景もさることながら、繍球の製作や販売で国内外に名を知られています。地元の資料によりますと、繍球づくりは700年前からすでに始まっていたという記録が残されています。このように長い歴史があるにもかかわらず、実は1980年代初めまで、繍球は全く知られていなかったのです。それは、繍球が恋人関係を決めるものとされていたため、女の子の部屋に大事にしまい込まれ、家族すらめったに見ることができないものだったからです。この変化について、靖西県で文化を担当する趙廷偉さんは、「昔、女性が気にいった男性に、気持ちを打ち明けるものとして繍球が使われてきたが、今では1種の文化的なシンボルとなり、チワン族人々の暮らしを表すものとなっている」と述べました。
旧州に暮らす朱祖線さんは、繍球の王様、『繍球王』と呼ばれています。朱さんは伝統的な繍球のよさを活かしつつ、現代的なセンスを取り込んで、今の世によみがえらせました。
20年前、小さい頃から家族に繍球の作り方を教わっていた朱祖線さんは、繍球には市場の価値もあることを知り、繍球のデザインの革新に取り組んできました。
1997年からは朱さんの呼びかけで、村の農家も繍球の製作に加わりました。村の300世帯の中で、7、8歳の女の子から60、70歳のお婆さんまで、500人が繍球づくりを手がけ、毎年15万個を生産しています。この繍球づくりと販売で、1世帯あたり年に1万元以上の収入が得られます。
今、旧州には繍球の生産と販売を行う「繍球一条街」と呼ばれる繍球の商店街ができています。石畳の道、黒くて大きな煉瓦の塀、褐色のぶ厚い板の扉、旧州の「繍球一条街」の石畳を歩くと、川に沿って立てられたこの街に、独特な民族的な風情が強く感じられます。古い民家の前ではどこでも、女の子たちが座って繍球を縫っています。彼女たちの前に置かれた木のテーブルには、色鮮やかな布や絹のリボン、絹の糸で一杯です。そのそばにある木の棚の上に、赤い絹のリボンでつるされた、赤や黄、青、緑が交互に入り混じった繍球が掛けられています。繍球は大きなものも小さなものもあり、輝いているように見えます。
自治区成立50周年の祝賀イベントにあわせて、各地から注文が旧州に集まってきています。これを見て、『繍球王』の朱さんは心から嬉しく思っているそうです。朱さんは、「今、旧州の繍球が有名になりつつある。国内はもちろん、日本、シンガポール、アメリカなどの外国からの注文もある」と語りました。
県政府は、これを機に、民族文化を反映した商品の開発に力を入れています。またチワン族特有の民謡、舞踊、医療、刺繍などを観光コースに取り入れるとともに、旧州に対して、物資や人材、財政の投入を増やすことで、繍球づくりを支えています。これにより、旧州はチワン族文化の発見や保護、伝承、展示の場となっており、『チワン族の生きた博物館』と呼ばれています。県政府の責任者の一人、覃麗梅さんは、このことについて、「2005年9月中国で初めてとなるチワン族生態博物館が靖西県の旧州でオープンした。この博物館では、ありのままの形でチワン族の民俗を体験でき、繍球や刺繍の製作を見学することもできる。旧州はすでに民族工芸品の産業基地となっている」と語りました。
繍球づくりが盛んになったことから、靖西県のチワン族の錦と刺繍の産業の規模も拡大しています。多くの投資家がここに投資して刺繍の加工工場を設け、これにより1万あまりの就職先を生み出すことになりました。
繍球、刺繍、錦などの産業は、チワン族の民族文化を広め、チワン族の民俗を伝えるとともに、靖西県の観光業の発展にも貢献しています。2007年には延べ100万人が靖西県を訪れています。靖西県観光局の譚雅茹副局長は、「靖西県は広西チワン族自治区にある15の観光スポットの一つといわれている。美しい風景のみならず、繍球づくりが産業として規模が拡大したことが挙げられる。多くの観光客は、繍球を見るために旧州に来ているのだ」と語っています。
旧州の繍球づくりの規模が拡大するにつれて、靖西県は、観光業を産業の柱にする一方で、民族文化の保護にも力を入れています。
伝統のあるチワン族の繍球は、新しいものを取り入れ、チワン族居住地の現代化を形にしたものといえるでしょう。(文:李軼豪)
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