会員登録

東日本大震災後の宮城県

2011-04-04 15:22:02     cri    























autostart="true"


















src="mms://media.chinabroadcast.cn/japanese/20110404ri.wma">BR>



type="video/x-ms-wmv"













width="300"



height="44">

 日本東北地区にある宮城県は物産が豊かなところです。宮城県の仙台市は中国の文学者魯迅がかつて留学したところで、いまだに魯迅の銅像が建っています。3月11日の大地震と津波はここの静かさを破り、壊滅的ダメージを沿岸地区に残しました。そして地震が発生して3週間がたちましたが、CRIの日本駐在の王洋記者が宮城県政府総務部危機対策課課長の菊池正さんにインタビューをしました。

 地震発生時の状況について菊池さんは、「みんな通常通りに働いていたときに地震が来た。ゆれる時間は特に長く、3分間ぐらい続いただろう」としたあと次のように話しています。

 ところであれから3週間が経ったにもかかわらず、津波の大きな爪跡はまだ残っています。倒れて押し流された建物、それに家具や品物が散乱しています。これまで地震と津波で死亡が確認された人の数は宮城県で6969人で、行方不明者は6370人となっており、経済損失額は2兆円以上に達しました。

 仙台市には大勢の中国人が住んでおり、ある水産物加工企業には20人の中国人研修生が働いていました。地震の発生後、この会社の専務である佐藤允さんは中国人研修生を率いて高台に避難しましたが、まだ会社に残された人がいるかどうかを確認するため、佐藤さんはなんと危険を冒してもう一度会社に戻り、そのときに津波が押し寄せたのです。こうして20人の中国人研修生は全員無事でしたが、佐藤さんはいまも行方不明となっています。

 地震は人々を地獄に陥れ、津波は人を容赦なく呑み込みます。しかし、人間には感情があり、手を差し伸べあい、特にいざというときには危険を冒して助け合います。地震発生後、被災地にいた日本と中国の人々はそうしたのです。このほか中国政府は地震発生後日本に国際救助隊を派遣したほか、日本政府に提供した約3億8560万円相当の緊急救援物資も日本に到着しました。菊池さんによると、これらの物資はすでに宮城県の避難所に届けられたといういことです。菊池さんは中国からの支援に感謝の意を表しました。

 (翻訳:ooeiei)

関連ニュース
関連リポート
v 東京武道館避難所から 2011-04-03 17:13:25
写真トピックス
コメント
今週の番組
今日熱点
快楽学唱中文歌
特集ダイジェスト
LINKS