中国パンダ保護研究センターの所在地である臥竜自然保護区は四川大地震の震源地・ブン川にあります。2008年5月12日の大地震で、ブン川の映秀を経由して臥竜に入る道は遮断されました。映秀から8キロ離れた臥竜自然保護区は離島となり、1935年に中国労農赤軍が長征の途中、越えた初めての雪山である夾金山(ジャー・ジン・シャン)の山道が、臥竜に通じる唯一の通路となったのです。
臥竜自然保護区は1963年に設けられた国家レベルの保護区で、面積20万ヘクタールです。1980年に保護区の中に設立された中国ジャイアントパンダ保護研究センター(センターと略称)は、パンダの人工飼育が専門で、その数は世界一です。
この竹、長すぎる |
これ、どう食べる? |
地震発生前、センターには63頭のパンダが暮らしていましたが、「毛毛」というパンダが地震で下敷きになり、死亡しました。
2008年5月18日、8頭のパンダは、成都にあるパンダ繁殖基地に移され、24日に計画通りに北京に運ばれました。また、6頭のパンダは雅安にあるパンダの自然保護区に移されました。6月4日と5日の二日間、筆者は47頭のパンダが暮らしている臥竜のパンダ保護研究センターを訪れ、映像を撮りました。今回公開する映像は、今台湾で暮らしている団団と園園というつがいのパンダ、それに数多くの子パンダのイメージを中心に粗編集したものです。
どうやって降りる? |
また食べているの |
説明:
大地震が起きた時、センターには44人の作業員と32人の外国人の観光客がいました。幸いなことに、一人の作業員が足のけがをしただけで、ほかの負傷者はいませんでした。
センターは臥竜自然保護区のオフィスエリアから7キロ離れた所にあります。センターの入り口には、二人の警察官が警備に当たっています。スタッフ以外の人はセンターに出入りする際、身分登録する必要があります。中に入るすべての人は、両手を石鹸で洗い、靴の底も洗わなければなりません。これはパンダに伝染病を移すことを防ぐためです。
崩れた岩石に埋まったパンダの檻 |
高すぎるーー |
大地震で、パンダたちの檻の多くは損壊されました。特に、台湾に贈る予定の団団と園園というつがいのパンダの檻は崩れた大きな岩石の下敷きになり、つぶれてしまいました。
地震後、最も大きな問題はパンダの餌の供給です。
都江堰を経由する通路が遮断されたため、臥竜に出入りする場合、回り道をしなければなりません。前の道は車で3時間でしたが、今は13時間以上かかります。パンダの餌は竹、竹の子、にんじん、卵、りんご、特別なフォーミュラの蒸しパンと牛乳からなっていますが、竹は最も重要な餌です。パンダは竹にこだわりがあり、枯れた竹を食べないし、自分の好きな味の竹しか食べません。臥竜に近い綿陽で採れた竹が一番好きですが、地震後、竹の仕入れも不能になりました。ですから、今センターのパンダたちは遠くの雅安で採れた竹を食べています。週に一回、3000キロから3500キロの竹を雅安から臥竜に運ばれていますが、仕入れ価格が高く、竹の新鮮さもいまいちです。
停電、断水などの不便があっても、中国ジャイアントパンダ保護研究センターのスタッフたちは、パンダたちの世話をきちんと見ていました。
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