しかししばらくして駕籠を見失った。で、息子の叫び声が聞こえたのか、通りががりの家から老人が出てきて「何事じゃ?」ときく。そこで息子は足を止めて仔細を話した。
「なんじゃと?それはおかしいぞ。この近くでお産する女子はおらんしな。そういえば北山にキツネが化けて出ると聞いたが、もしかして・・」
「ええ!それじゃあ・・」と息子は驚き、また懸命に走り出した。
さて、こちら、駕籠の中のばあさんだが、少しも怪しむことはなく、早く行かないと大変だということだけが頭にあり、「はやく、はやく」と駕籠の中から男たちを促す。
こうして駕籠は田舎道をはしり続け、やがて遠くに明かりが見え始めた。
「おまえさんら、はやくしなされ!」とばあさん。
しばらくしてある家の前でかごが止まったので、ばあさんは急いで駕籠から降り、家に入っていく。そして産婦のうめき声がする部屋にはいっていくと、そこには産婦が床の上で苦しみ、その横で産婆さんが汗をかきながらおろおろしている。
「お前さんは、なにをしているんじゃよ!わたしの手伝いをしなさい」とばあさんは産婆さんを促し、さっそく世話をし始めた。
しかし、どうしたことかうまくいかない。普段ならこのばあさんが来れば、すぐに赤子の産声が聞こえるのだが、今日は様子が違う。こうしてばあさんは必死になり、産婆さんが一生懸命手伝うのだが、それでもうまくいかない。そのうちに産婦の顔色が真っ青になって、叫ぶ声も弱々しくなり、外の部屋でこれを聞いていた屋敷の男たちが慌てだした。そのうちに産婆さんが物を取りに出てきたので、「どうだ?」ときくと、産婆さんは首を横に振るばかり。これに男たちは、暗い顔をしてうなだれるだけ。
さて、母を追ってきた息子だが、いくら追いかけても前の駕籠が見当たらないので、仕方なくさっきの老人が言ったキツネが化けて出るという北山のほうへ走っていく。しかし、夜中なので道に迷ったのか、どこがどこだかわからなくなり、母のことが心配なのと、化け物が出るのではないかとびくびくし始めながら、人家があるかないか探した。こうしてくたくたになった息子の目に遠くの明かりが見えた。
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