「実はな、わしは数人の下っ端役人風の男に止められ、主がぜひ来てくれという。そこで主人とはどなたかな?ときくと、男たちは何も言わずにわしを引っ張ってゆき、ある屋敷まで来た。すると門が開いたので、男たちがわしを中へ連れて行く。すると中では主らしき人物が母屋の前に立っていた。
『これはこれは、よくこられた。』
『わたしはあなたを知りませんが』
『そんなことはどうでもよいではないか。ところで、そこもとは酒がすきじゃろう』
『いかにも』
『実はわしは長いこと好きなだけ酒を飲んでおらんのでなあ。そこでそこもとが来たと聞いたので今日はお呼びしたまでのこと。どうじゃ、わしを相手に飲んでくだされ』
『え?わたしが?』
『そう。そこもとじゃ』
これを聞いたわしは、せっかくだからとその主に連れられ庭の東屋の下にきた。そこには酒と肴が並べられていた。そこでわしは主人に勧められるまま席に座り、下女たちが側で世話をしてくれるので、主人と酒を飲み始めた。庭の景色もよく、美しい音色も耳に入り、主人と何かを話しながら飲み続け、お前と旅に出てきたことも忘れたしまった。かなり過ぎたと思うが、不意にお前の呼ぶ声がしてのう。しかし、わしは酒を多く飲んでいるので何のことかわからなくなった。そして、しばらくしてお前の悲しそうにわしを必死に呼ぶ声がした。そこでわしはこれはいかんと思い、主人にいった。
『ああ、せっかくで失礼ですが、急用を思い出し、これでお暇いたします』
『なんと?急用とな?いや、もう少しよいではないか。いまちょうど、酒がうまくなり始めたころ。まだまだうまい肴がござりますぞ!』
主はこういうが、お前の悲しい叫び声はまだまだ耳に伝わってくる。
『いやいや。ご主人、まことに申し訳ござらん。これで失礼いたす』
『そうでござるか。実はそこもとにある職についてもらおうと思っていたところ。今、そのことをそこもとに話そうと思っていたところなのだが』
『え?いや、その話をありがたく受け取りましょう。』
『そうか。ではまっておりますぞ。急用が済んだらすぐここにお戻りになられよ』
『わかりました。きっと戻りますゆえ。今日はこれで』
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