今度は、「五十歩百歩」です。これは大差のないことという意味ですね。昔の本「孟子」から。
「五十歩百歩」
時は戦国時代。どこでも戦が起きているので、各地の民百姓たちは苦しんでいた。これを見た孟子は各国をまわり、戦を好む君主たちを説得しようとした。この日、孟子は梁の国を訪れ、戦ごとが好きで知られる梁の恵王に謁見を申し込んだ。
こちら恵王、学者としても名の知れた孟子が自分に会いたいと来たので、聞きたいこともあってさっそく会った。
恵王が孟子に聞く。
「余は国を治めるため心を尽くし、また民百姓をも大事にしているが、他国の民が梁の国を慕って移ってきたということはは少ない。これはなぜじゃな?」
これを聞いて孟子は答えた。
「むかし、こんなことがありました。お聞きください」と孟子は次のようなことを話し始めた。
それは、戦国時代の初めのころ、ある国とある国が激しい戦を始めた。ところが一方があまりにも強く、もう一方は必死に相手を防ぐしかなかった。そのうちに防ぐ方はたまらなくなり、死ぬのが怖くなって兵士たちは重い鎧を脱いで兵器を投げ出し逃げ始めた。
「うわー!逃げろ!逃げろ!」
こうして多くのものが五十歩ほど逃げたが、何人かはなんと百歩も逃げている。そこで五十歩逃げた兵士たちは百歩逃げた兵士をなんとあざ笑い始めた。
「うわっはっはっは!なんだよ。あいつら、あんなに遠くまでにげやがって!本当に臆病者だ!みっともないねえ!あんなに遠くまで逃げ出すとは」
これを聞いて百歩逃げた兵士は怒り出しという。
この話しを聞いた梁の恵王、しばらく考えていた。そこで孟子が聞く。
「あなた様は、これをどう思われます?」
「そうじゃな。五十歩であろうと百歩であろうと、いずれも逃げ出したのには変わりはないがのう」
「いかにも。両者の逃げた歩数には違いはありますが、実は両者の行いには大差はないのです」
「うん?ということは?」
「あなた様は、民百姓を大事にされていますが、常に戦を起こさせるので、その災いを受けるのは民百姓ですぞ。つまり、民百姓を大事にされても、戦を常に起こしては民百姓を苦しめることになるのです。この両者はいま言った五十歩と百歩の話と同じでございます。ということは、他の国の政策もこの梁の国の政策とは大差がないということです」
これを聞いた梁の恵王はうなってしまったそうな。
はい、おわり。
そろそろ時間のようです。では来週またお会いいたしましょう。
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