龍井(ロンジン)茶は中国南部浙江省杭州市の美しい湖、西湖のほとりで作られています。杭州の地形は、西部が高く、東が低くその中央に西湖があり、北、西、南と三方が山に囲まれています。西南の山の最高峰は標高412メートルです。西湖は南北3、5キロ、東西2、9キロの湖で、水深も平均2メートルぐらいとそれほど深くありません。
杭州それに蘇州の素晴らしさを称えて、古人は「上に天堂あり、下に蘇杭あり」と詠いました。
蘇州が春秋時代以来、呉の国の都であったのに対し、杭州が正式に都として置かれたのは西暦589年、隋の時代のことです。
隋の煬帝のときに、北は今の北京付近から黄河、長江を渡り、杭州の近くまで1700キロに及ぶ大運河が開通しました。これによって杭州が南方の物資の集散地として脚光を浴びるようになったわけです。
12世紀に入りますと、杭州は臨安府と改められて、南宋の都として繁栄し、人口は百万以上になりました。その盛況は元の時代まで及び、世界一の豪華 富裕な都市としてマルコポーロが「東方見聞」の中でその詳細を記述しています。
西湖は唐の時代の白楽天と北宋の時代、蘇東坡の築いた堤防によって三つの部分に分かれています。白楽天と蘇東坡はともに中国を代表する詩人で、二人とも杭州の長官を勤めたことがあり、西湖をこよなく愛し、多くの詩作を残しています。
龍井茶は、この西湖の西から西南にかけての山地で産出します。龍井茶はそのため西湖竜井茶とも言われています。龍井茶はこの地の有名な泉竜の井戸と言う意味のロンジンに由来します。500年ほど前明朝時代の生徳年間に旱魃対策として井戸を掘ったときに井戸の底から一個の石が出てきて、その石の形が竜のようだったので、竜井つまりロンジンと命名されたと言うことです。
龍井茶古木が天にそびえ、その中で岩が重なって昼でありながらもなお暗いところで、今でも綺麗な水がこんこんと湧き出てくるということです。
またこの龍井の東南部の山中には、虎ホウ泉と呼ばれる泉があります。虎が足で地を掻くと言う意味です。さかのぼること唐の時代に一人の高僧がいました。水がなくて苦しんでいるところ、二匹の虎が地に這って穴を掘ると、水が湧き出てきました。それ以来、この泉は名水の泉のとして、また蘇東坡もそれを詠じて名高くなりました。
このあたりの山中のよい水は龍井茶と呼応しているのです。
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