泉京鹿さんは、1991年初めて北京を旅したことがきっかけで、北京に来ることを決意しました。1994年から北京大学に留学し、卒業後は日系広告代理店勤務などを経て、ライターやコーディネーターなどとして活躍されています。
現在は、中国のベストセラー小説を日本語に翻訳する仕事に携わっています。最近では、「さよなら、ビビアン」という小説の日本語訳を手がけ、今年7月日本で出版されたばかりです。
「さよなら、ビビアン」の作者は、いま中国で絶大な人気を誇る若手女性作家"アニー・ベイビー"です。
「アニー・ベイビーさんは、30代の女性です。実はこの作品は、6年前に中国で発表された初めてのインターネット小説の1つだと言われています。地方の女性が都会に出てきて、そこで抱いた孤独や無常観といったものが書かれています。一見華やかな中国の都市部ですけれども、光と影のような部分があります。そうした、人間が抱えている、いろいろ複雑な心理を丁寧にまとめた短編集です。この作品は、人からご紹介をいただいて翻訳することになりました。アニー・ベイビーさんは若者の間で絶大な人気を誇っている作家で、この作品に限らず、何十万部のベストセラーを出しています。大学生や20代前半の若い女性なら、ほとんどが彼女の作品を読んでいるのではないでしょうか。なぜアニー・ベイビーさんの作品がこれほど人気があるのか、私もこの本を読んで、違う世代の人の考え方が分かり、興味深く感じました」(泉京鹿さん)
この小説の魅力は、何と言っても、若者たちの等身大の姿を描いていることです。仕事や恋愛、インターネットのチャットのやりとりもたくさん出てきます。そうした日常生活の中で感じるリアルな感情が、多くの若者たちの共感を得たのでしょう。
泉さんは10代の日本人読者から、「中国の小説とは思えない」と言われたそうです。日本では、「中国のことはよく分からない」「興味がない」という人が多く、中国の小説を読む人も少ないのが現状です。しかし、この本はそういうことを意識せずに共感しながら読んでもらえるのでは、と泉さんはおっしゃっていました。
北京滞在歴14年目になる泉さん。翻訳の世界に飛び込むことになったのは5年前。周国平さんのヒット小説「ニュウニュウ」を翻訳してほしい、という依頼が舞い込んだのです。
「友人の紹介で、日本に在住して20年になる中国人作家・毛丹青さんと知り合いました。それから半年後、毛さんから、周国平さんの著書を翻訳してくれないかと言われました。興味はありましたが、自分にはちょっと無理ではないかと思いました。でも毛さんから、『翻訳に大事なのは、中国語力ではなく、母国語力と情熱だ』と励まされ、自分にもできるかな・・・と。とりあえず読んでみようと思いました。2週間かけて読みました。新鮮でした。中国の小説を通して読むのは初めての経験でしたが、感動しました。『これを日本語にしてみたい』と、翻訳したくてたまらなくなったのです。長い時間をかけて、分からないところは作者の周さんに聞いたりしながら、翻訳を仕上げることができました」(泉京鹿さん)
泉さんが本の仕事に携わるようになったのは、もしかしたら運命だったのかもしれません。というのも、泉さんは大の読書家。今回の取材で、泉さんのご自宅にお邪魔したですが、部屋中が本で埋め尽くされているような状態。お風呂に入る時も本が手放せないほど、本がお好きなのだとか。
泉さんは、その後チャンスに恵まれ、現在までに6冊の小説を翻訳していらっしゃいます。たとえば、日本でも話題になった「上海ベイビー」の作者・ウェイフェイの小説「ウェイフェイみたいにクレイジー」や、「ブッダと結婚」などを手がけていらっしゃいます。また、現在も翻訳準備中の作品が数作あるそうです。
「私は中国語のプロではないので、辞書を引いたり、中国人に聞いたり、著者に相談したりしながら翻訳します。中国語がわからない分、かなり噛み砕いて翻訳します。中国に興味がない日本人にとっても、分かりやすい言葉、読みやすい言葉を心がけています。最初は、1字1句にこだわって、すべて辞書を引いて調べていました。今も勉強しながら翻訳するという気持ちは非常に強いですが、最近は楽しんで翻訳できるようになりました。著者の代弁者として翻訳をするというよりも、読者の気持ちを考えながら翻訳しています。読者の方に分かりやすく読んでいただけるよう心がけています。経験を積んだからといって、翻訳のスピードが速くなったわけでもありません。やればやるほど、もっと時間をかけたくなるんです」(泉京鹿さん)
(次回は、泉さんの北京での生活ぶりや、北京の街の魅力などについて、お伺いします)
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