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春に咲くラブ 【延辺大学 姜偉】

2013-09-30 11:04:10     cri    

 春に咲いて、春に散る。短い間ですが、人に春の暖かさを伝えてくれるもの。それは桜です。咲いてから散るまで春の暖かさを私たちに伝える桜。

 子供を生み、育てる。決して長くない間ですが、子供に愛の暖かさを伝えてくれるもの、それは母です。子供を生んだ日から死ぬまで愛の暖かさを私たちに伝える母。

 母はいつも春のように暖かい感じでした。

 小さいころの事です。ある日、母と一緒に買い物に行きました。久しぶりの外出で、少し興奮していた私は、家を出ると車に気を付けずに、わぁーっと道を走り出しました。その時、一台の車が私に向かって走って来ました。「危ない!」母は後ろから私を引っ張って横に飛んで避けました。びっくりした私は泣きながら母の胸に飛び込み、母の顔を見上げました。「大丈夫?危ないじゃないの!」怒られると思った私はびくびくしました。しかし、母の顔は怒った顔ではなく、とても明るい笑顔でした。「次はこんな危ないことしないでね。お母さんびっくりするから。それにあなたを失ったらお母さん一生苦しんじゃうわ。分かった?」、「うん…」私は泣きながら答えました。母の顔はとても優しく、母の胸は、まるで春のように温かい感じでした。今もその日のことは忘れず、きちんと胸に刻まれています。

 こんな言葉があります。

 「神様は、全ての色んな花を咲かせるため暖かい春を作り、一つ一つの家庭の全ての面倒を見ることが出来ないため、その家庭一つ一つに暖かい愛を持つ母という生き物を送った。」

 ある日の朝、学校に行くときのことです。空はどんどん暗くなっていき、今にも雨が降り出しそうでした。私は急いで学校に向かいました。幸いなことに、雨は降らず無事に学校に着けました。安心した反面、傘を持ってきてなかったので、帰りはどうしようかと心配になりました。学校についた後からすぐ雨が降り始め、放課後になってもまだ降り続いていました。父は仕事で私を迎えに来ることはできず、母は病院で祖母の看病をしなければいけない事を思い出した私は、すでに諦め気分でした。友達はどんどん帰って行き、最後に残ったのは私一人だけになりました。これはだめだと思った私は一人で帰ろうと思って、教室を出ました。そして教室を出てみたら、おもわず涙が出てきました。なぜなら校門の前に誰かが立っていたのです。それは母でした。私は雨が止んだら出て行こうと思って、ずっと教室にいたのですが、母は私を迎えに雨の中をずっと立っていたのです。私は母の所へ走っていき、母に抱きつきました。母の濡れた服から暖かい何かが私の心の中に入ってきました。

 でも、そんな母の愛を人はいつまでもらえるのでしょうか。人は何かを持っている時は、その大切さを知らず、いったん失ってからそのものの価値を知り、後悔するものです。

 去年、祖母が亡くなりました。それで、私は学校には行かず、寮からすぐ家に戻りました。亡くなった祖母を見た瞬間、涙が止めどなく出てきました。しかし、その場で一番悲しんでいたのは間違いなく母でした。生きているうちに、娘として母のために何も出来なかった事で後悔していたからだと思います。母を失った悲しさ、身を切られるように辛かったでしょう。

 私は春になり桜が咲くと母を思います。桜の咲く時の喜びと散る時の寂しさ、人の生まれる時の喜びと死ぬ時の悲しみ。その短い間に感じる春と母の愛の暖かさ、これこそ桜のさだめであり、母の人生であります。正に春に咲くラブです。

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