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中国後漢時代の末期に遡ります。動乱の時代には、数々の英雄が現れました。その中でも、ずば抜けた一人の人物がいます。曹操です。曹操は155年生まれ、220年に死去し、字は孟徳。中国の北部を統一し、魏国の礎を築いた人物です。日本でも知名度が高いですよね。
中国では、正史「三国志」よりは、明の時代に書かれた歴史通俗小説、「三国志演義」のほうが、読みやすいので知名度が高いです。「三国志演義」では、劉備や諸葛孔明などが善玉とされていますので、その対立面にある曹操は、終始悪玉を演じているようです。なので、近代中国と現代中国では、曹操を貶す人が多いです。でも、人間って、すべて善と悪で割り切れるわけでもないと思いますね。子供の頃、映画やテレビなどで、曹操のような人物が登場すると、「これはすごい悪人だ!」と、どうしても白黒をつけたかったですが、今は、やっぱり、そのダーティさも含めて、歴史人物をできるだけ全方位で見なければいけない、と思います。「三国志」には、数百もの登場人物がいるといわれます。いろんな人生観を持つ人々が織り成す壮大な歴史物語、そこが「三国志」が長く語り継がれている理由ではないかと、思います。
曹操は文武両道に長けています。「古典エナジー」、第一話として、三国志の人物曹操の詩人としての顔にスポットを当ててお伝えします。
曹操は政治・軍事が多忙でしたが、詩を作ることも好きでした。高いところに登れば詩を詠み、夜も詩作りに励んだりしていました。曹操の詩は簡潔ながら力強い作風です。曹操の詩は楽府(がふ)といいます。つまり、音楽の伴奏を伴った歌詞です。これは、当時の民間の歌謡を取り入れて曹操が創りだした詩の形式で、後の五言詩などの漢詩の原形になっています。曹操の文学才能は、その息子の曹丕(そうひ)と曹植も受け継いでいますね。親子三人は「三曹」と呼ばれ、「建安文学」と呼ばれる漢詩文学の担い手となりました。
では、曹操の代表作、『短歌行(たんかこう)』をご紹介します。
对酒当歌,人生几何?
譬如朝露,去日苦多。
慨当以慷,忧思难忘。
何以解忧?唯有杜康。
酒には歌が付きもの
人生はどれほどのものだというのだ
朝露のような儚さじゃないか
思えば、空しく過ごしてしまった
嘆いてみたってどうにもならないが
後悔の念が頭から離れない
どうすればこの憂いを忘れることができるのか
酒より他にないじゃないか
「短歌行」のテーマは非常にはっきりしています。一言で言えば、有識者を募集する歌です。
この一節は、有識者たちの共感を呼ぶ内容ですね。人生が朝露のようにはかないものだ。もう、あなたの人生はずいぶん経ったではないか、早く決心して、私のところに来てください。と呼びかけています。
青青子衿,悠悠我心。
但为君故,沉吟至今。
呦呦鹿鸣,食野之苹。
我有嘉宾,鼓瑟吹笙。
青い青い衿のついた服を着た君よ
貴方を慕う私の心ははるかに遠い
私も君たちのような若い友を得たくて
今まで思い悩んできたのだ
鹿はようようと鳴き
野のよもぎを食んでいる
私に嘉き賓客がいるならば
瑟を奏で、笙を吹いてもてなそう
青い衿のついた服は、周の時代の学生服です。「青青子衿,悠悠我心。」という句は、「詩経」を引用したものです。もともと恋人を偲ぶ意味ですが、ここでは曹操は、恋人を偲ぶ気持ちと同じように、人材を欲しくて欲しくてたまらないという意味を表しています。
そして、「鹿はようようと鳴き、野のよもぎを食んでいる。私に嘉き賓客がいるならば、瑟を奏で、笙を吹いてもてなそう」というのも、「詩経」からの引用です。
曹操は有識者を慕う気持ちを示し、「私があなたたちを探さなくても、あなたたちが進んで私の元に来てもいいじゃないのか?ここにくれば、必ずよき賓客として、手厚くもてなすよ」とアプローチしています。
明明如月,何时可掇?
忧从中来,不可断绝。
越陌度阡,枉用相存。
契阔谈讌,心念旧恩。
月のように輝く人材がいる
だが光を掬いとることができないように、人材を仲間に入れることは難しい
この事を思うと、憂いが心の中から湧き上がり
断ち切ることができない
東西の道を越え、南北の路を渡り
遠きを厭わず私を訪ねてきてくれたのだ
久しぶりに酒を酌み交わし語り合おう
君たちの昔のよしみが嬉しいのだ
この節の意味は上の節と似ています。私は有識者を募集している。これまで私のところに駆けつけてきてくれた有識者が多くいて、我々は仲良く協力している。しかし、私はまだ満足していない。より多くの人材が来てほしい。だから、あなたたちは何も心配することがない。必ず手厚くもてなすから。という意味を伝えています。続いては、最後の節です。
月明星稀,乌鹊南飞。
绕树三匝,何枝可依。
山不厌高,海不厌深。
周公吐哺,天下归心。
月は明るく星は稀になった
烏鵲(かささぎ)が南に飛んでいこうとしている
高い樹々のまわりを三度もぐるぐる回り
どの枝にとまればいいか迷いながら捜し求めている
山はその高さを厭わない
海もその深さを厭わない
昔、周公は食べかけの食事を中断してまで士に接し有能な人を大切にした
そのため天下の人は皆周公に心を寄せたのだ
この節には、カササギは、有識者、人材の例えです。私は人材を募集しているが、あなたたちは誰に仕えればいいか、迷っているね。それは良く分かる。
確かに、あの時代には、曹操以外にも、劉備や孫権など、大きな勢力がいくつかありましたから、人材=戦力ですからね。戦争と同時に、人材を争う合戦も繰り広げられていたわけですね。
曹操はこの詩の中で、とても人情味を持ってアピールしています。あなたたちが迷っているのがよく分かる。それをとがめるつもりがないと。なかなかうまいですね。絶対、うちに来て、来なさいと言わないところが心の広さを伝えて、グッときちゃうかもしれませんね。そもそも詩という形を通じて、人材を募集する意欲を伝えるというのが、知識者に、非常に共感を呼びやすいですね。いいテクニックだなあと思います。
そして、詩の最後に、周公の物語で、自分の人材を求める心境を示しています。周公は周公旦のことです。古代の聖人です。周の文王の子で、武王の弟になります。武王の子である成王を補佐して、人材の発掘に努め、制度、礼楽を定めて、周王朝の基礎を固めました。彼は、人材の登用を重視して、高い位に在るにも拘わらず、一回の食事を三度中断してまでして来客に面会したと伝わっています。
「山はその高さを厭わない、海もその深さを厭わない」と歌っているように、この私の事業は今後もどんどん拡大していきたい。だから、いっぱい人材を欲しい。私も周公と同じような謙虚な姿勢で、皆さんと接していくので、私の元へ来てねと強調していますね。
曹操の詩はこのように、意味がとても率直で、ストレートなもので、なんだか人の心に伝わると思います。諸葛孔明を迎えるために、劉備が3回、孔明の家に足を運んだこと三顧の礼が、とても有名ですが、曹操も負けていませんね。(文章:ZHL)
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