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6月15日 月曜日

2015-06-15 15:15:40     cri    

一時間目、「ライフマガジン」と「北京暮らし」、国際結婚VS宣武門

 <ライフマガジン>

 話題1:中国人と日本人の国際結婚

 話題2:なぜ中国人の話し声が大きい?

 <北京暮らし・北京の町巡り>

 <北京暮らし>のシリーズコラム「北京の町巡り」でご紹介していきたいと思います。今回ご紹介するのは、北京の古き文化エリア「宣武門」です。「宣伝」の「宣」に「武士」の「武」、そして「門戸」の「門」と書く「宣武門」は、北京の古い城門の一つで、市の中心部・西城区にあります。ちなみに、この辺り、昔は宣武区に属していましたが、2010年、北京市の行政区画の合併(がっぺい)が行われ、宣武区は西城区に合併され、宣武門も次第に西城区の範囲内となったのです。宣武門に行くなら、地下鉄2号線か4号線のご利用をお薦めします。「宣武門駅」で降りればすぐ着きますから、とても便利です。

二時間目 中国の現代詩人とその作品 第2回 ツァンヤン・ギャツォ(倉央嘉措)

 月曜日2の時間目、先週に引き続き、今月から新しい企画、中国の現代詩人とその作品にクローズアップしてお送りいたします。2回目は、ダライ・ラマ6世ツァンヤン・ギャツォ(倉央嘉措)とその作品についてご紹介します。

 ツァンヤン・ギャツォ(倉央嘉措)は、現代の詩人ではありません。ですが、文字数や押韻などの約束事がある漢詩とは異なり、自由なスタイルでかかれる、いわゆる「現代詩」の先駆けとも言われています。また、その生い立ちからはとても想像のつかない自由奔放な詩を書いたことから、ここでぜひご紹介したいと思います。

 ダライ・ラマ6世のツァンヤン・ギャツォ(倉央嘉措)は、最もロマンチックな出家者と言われています。彼は歴史上の傑出した宗教リーダーであるだけでなく、才気あふれるロマンチックな詩人でもあるのです。1683年3月1日に生まれたツァンヤン・ギャツォは、1697年、ブータンとの国境に近いチベット南部地区で、偉大な仏道修行者の化身を探していたチベット仏教ゲルク派からダライ・ラマ6世と認定されました。数え15歳でダライ・ラマ6世に即位したわけですが、僧侶の生活になじめず、よく一般庶民の身なりをして、お寺を出て、夜の町を彷徨い、普通の人の生活や感情表現などを観察しながら、お酒や行きずりの恋を楽しんでは、即興の詩や歌を作って暮らしていました。

 このように仏道を顧みず自由奔放に遊んでいたツァンヤン・ギャツォは、ダライ・ラマとして品位を欠くとして、対立していた部族の長によって1706年に廃位させられ、清の北京へ護送される途中、青海の地で死去しました。病死とも暗殺されたとも言われています。ダライ・ラマとしては型破りの人物でしたが、その人柄と詩や歌がチベットの人々に今も愛され続けています。ツァンヤン・ギャツォが残した60余りの抒情詩は20以上の言語に訳され、世界各地に伝えられています。彼の詩は民族や時間、空間、国境を越えて、人類共通の貴重な文化財と見られているのですね。

作品一:「那一天(あの日)」

 いくら好きでも一緒になれない、とても切ない恋を描いた一首です。おそらくツァンヤン・ギャツォ自身の経験をうたっているのでしょう。僅か15歳の少年が、突然ダライ・ラマに選ばれ、一番の権力者として仏門に入れられたのです。しかし、俗世間の人間としての感情を切り離そうとしても、切り離せないという、とても苦しくて切ない気持ちを描いていますね。王様のような尊い身分を得ても、一般人としての恋や暮らしへの憧れを訴える作品です。

 

<那一天>

那一天,

我闭目在经殿的香雾中,

蓦然听见

你颂经中的真言;

那一月,

我摇动所有的经筒,


不为超度,

只为触摸你的指尖;

那一年,

我磕长头拥抱尘埃,

不为朝佛,

只为贴近你的温暖;

那一世,

转山转水转佛塔,

不为修来世,

只为途中与你相见。

 

那一夜,

我听了一宿梵唱,

不为参悟,

只为寻你的一丝气息;

那一瞬,

我飞升成仙,

不为长生,

只为佑你平安喜乐

只是,就在那一刻,

我忘却了所有,

抛却了信仰,

舍弃了轮回

只为,那曾在佛前哭泣的玫瑰,

早已失去旧日的光泽。

于是 佛曰:

忘却,忘却。

「あの日」

あの日

お香が煙る(けむる)仏殿で

目を閉じると

君がお経を読む声が聞こえた

あの月

僕がすべての転経筒(てんきょうとう)を回したのは

済度のためではなく

君の指先に触れるためだ

あの年

僕は額を地につけて埃にキスした

拝礼のためではなく

君のぬくもりに近寄るためだ

あの世

僕は山や河を越え、仏塔を巡る

来世の修行のためではなく

途中で君に出会うためだ

あの夜

僕は一晩じゅう念仏を聞いた

悟るためではなく

君の息吹を感じるためだ

あの瞬間

僕は昇天して仙人となる

長生きするためではなく

君の無事とよろこびのためだ

しかし、その一瞬

僕はすべてを忘れた

信仰を捨てて

輪廻(りんね)を諦めた

かつて仏様の前で泣いた

艶を失ったバラのためだ

すると、仏様は言う

忘れなさい、忘れなさいと。

作品二:無題

 これはツァンヤン・ギャツォが詠んだダライ・ラマ即位後の初期の作品で、ポタラ宮に移り住んだばかりの少年は修行生活に慣れず、いつもチャンスを見つけてはラサの町を歩き回っていました。ダライ・ラマとしての責任を強く意識しながらも、権力者よりも一般庶民としての暮らしに憧れる、このような矛盾した複雑な心境を描いた一首です。また、最後の一句、「世間安得双全法, 不负如来不負卿(この世に両全の策があれば、如来も君も裏切らなくて済むのに)」は非常に良く知られています。

 この詩の中に出てきた「如来」 とは、仏教で釈迦を指す名称の一つ。あるいは、大乗仏教における諸仏への尊称でもあります。中国語では、いつも「如来佛祖(釈迦如来)」という尊称で呼びます。また、「卿」というのは、男性が親しい女性に対して用いる愛称で、詩や歌の中によく使われます。日本語の「君」と似たようなニュアンスです。

 

住进布达拉宫,  

我是雪域最大的王。

流浪在拉萨街头,  

我是世间最美的情郎。

  

比玛吉阿米更传神,  

自恐多情损梵行,   

入山又怕误倾城。  

世间安得双全法,   

不负如来不负卿。

ポタラ宮に移り

僕はチベット高原の一番の王となった

ラサの街頭をさすらう

僕は世の中で最も格好いい恋人さ

清き乙女よりも敬虔で

情の深さが修行の妨げとなることを恐れながら

修行に専念して恋が実らないことも懸念している

世の中に両全の策があれば、

如来も君も裏切らなくて済むのに

 

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