広州区の降伏受理は第二方面軍の張発奎司令官を主な責任者とし、雷州半島及び海南島地区の接収を担当しました。当該地区の日本軍降伏代表は中国侵略日本軍第23軍司令官兼香港占領地総督の田中久一で、日本軍の降伏部隊は第23軍、129師団、13師団、130師団及び23独立旅団、81独立旅団、13独立旅団で、合流場所は広州でした。その他、第22独立旅団と第23独立旅団1部の合流場所は雷州半島で、海南警備部隊の合流場所は海南島でした。日本軍の降伏受理を取り扱う場所は広州にあり、1945年9月16日、張発奎司令官は広州で田中久一の投降を受け入れました。
スワトウ地区は第七戦区の余漢謀司令官を主な責任者とし、曲江、潮セン地区を担当しました。当該地区の日本軍降伏代表は田中久一で、日本軍の降伏部隊は第104師団、130師団砲兵大隊及び潮セン分隊など、降伏受理地はスワトウでした。1945年9月28日、余漢謀司令官はスワトウで田中久一の投降を受けいれました。(08/30 Lin,Kokusei)
1945年8月下旬、日本軍の降伏を受理するため広州へ向かう新一軍
(中国第二歴史公文書館提供)
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