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厚着の人と薄着の人が混在する季節である。町には女性の服のようにようやく春めいた色彩が目立ち始めた。灰色一色の冬のキャンパスの上に、原色の鮮やかな絵の具が一滴したたり落ちたという感じである。
私は約束を守り続けている。
二年前のある日、母に買い物を頼まれた。余計なものは買ってくるなとくぎを刺され、にんじんとジャガイモを買いに私は八百屋へ。
春色の空の下で私は一人で歩き出した。静かであまり人影の見られない田舎である。小鳥たちの合唱が色とりどりの花と競い合って、世は春だった。
バス停でバスを待っているとき、すぐ近くに人が動いているように見えた。目が悪いのではっきりは見えなかった。
男、だろうか?
とにかく、誰かがうろうろしていた。ほどなくして、その動き回っていた何かが私の方へ接近してきた。そこまで来て初めてその正体が分かった。
それはの茶髪の男だった。見た目、20代後半ぐらいだろうか。少し違和感があるので現地の人ではないとすぐ分かった。どうやら道に迷っているようだった。男は焦っていた。
「ブー ハオ イー ス、ウオ シャン チー ジーチャン。」
日本人くさい中国語だな、とその時点で私は思った。こんな田舎まで日本人が来るなんてなかなか思いもよらなかった。何を言っているか聞き取りづらかったが、たぶんローマ字で中国語を発音していたのだろう。「すみません、空港へ行きたいんですが。」というのを伝えたいのだろうが、中国人の耳には何語でもなく聞こえる。そこで、私は「日本語少し分かりますので、日本語で大丈夫ですよ」と愛想よく言った。日本語が耳に入った瞬間、よかったと言わんばかりにほっと彼は胸をなでおろした。経緯を聞いてみたら、言葉が通じなくて、バスを間違えたらしい。
彼はバスで空港へ行く予定だったが、ここに来てしまって、今日帰るのはもう無理だ。田舎から空港まで少なくとも半日はかかるから、しょうがなく明日帰ることにした。
八分ほど咲いた桜の木の下に一軒の喫茶店があったので私たちは入った。彼は相当のどが渇いていたらしく、頼んだコーヒーをためらいもせずに一気に飲み干した。入れたてのホットコーヒーを一気に飲めるなんて彼の舌は相当丈夫らしい。コーヒーを飲んで落ち着いたのか、彼は自分の名前を名乗った。
「私、山田遥介と言います。よろしくお願いします。」
「何しに中国に来ましたか?」
「一人旅に来ました。でも、言葉が分からないので、大変でしたよ。今日もこんな目に遭っちゃって...」二杯目のコーヒーを口にしながら、彼は話していた。
「へえー言葉も分からず一人で海外に行くなんてすごいですねぇ~」
「中国が好きで、一度行きたいなと思って、来ちゃいました。でも、思ったよりずっと大変ですよ!」
彼とはすごく話が合っていろいろと話している内に、夜中になってしまった。
翌日、空港で別れる瞬間、遥介が叫んだ。
「優子ちゃーん、ありがと!僕、中国語勉強するよ。いつかまた会おう。約束だよー」
私も叫んだ。
「遥介君でも一気に飲み干せないほどの熱いコーヒーを用意しておくよー」
二年が過ぎた。今思えば、あの時、彼の役に立ててよかった。困った人を助けたいという気持ちはあの日まではなかった。彼に出会って、人にありがとうって言ってもらうのはどんなに嬉しいことかやっと分かった。今までの私は冷たかったと気付いた。氷のような色のなかった心を彩りたい。桜のようなピンクがいい。
私は喫茶店で彼の来るのを待っている。縁側で桜の木を眺めていたが、遥介はついに現れることは無かった。たぶん約束なんかもうすでに忘れてる。でも、約束を守り続けていきたい。
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