今日のこの時間は、小話を三つご紹介しましょう。
いすれも「稽神録」という本からで、「恩返し」、「林檎を食べた後」、それと「お礼にもらった丸薬」です。
では「恩返し」から。
いつのことかわからん。江西の軍隊にいる宋という官吏が、ある日、星子江という川の岸辺にある町に木材を買いにいった。すると何人かの子供が岸辺で何かを囲みながら騒いでいたので、いったい何ごとだ?と宋は人を掻き分けて中に入ってみた。すると一人の漁師が捕らえたのか、大きなすっぽんが岸の揚げられ、子供たちが棒や樹の枝でつつきいじめているのであった。かわいそうにすっぽんは目をつぶりじっと我慢していた。が、宋が近寄ると、目をあけて悲しそうに宋を見上げた。これに宋はいくらか驚いたが、自分も子供のときはこんなこともしたのかとため息をつき、急にすっぽんが哀れに思えた。そこで懐からなんと金一枚を出し、漁師からこのすっぽんを買いとり、その場ですっぽんを川に逃がしてやった。これを見て子供たちは不思議に思ったらしいが、すっぽんは川面に頭を出し、宋をしばらく見つめると泳ぎながら沈んでいった。これを見て宋は微笑み、今度からは人間に捕まるんじゃないぞと心の中で言い、その場を去って言った。
さて、それから数年後、宋が乗る舟が竜沙というところの岸辺に止まっていると、ある屋敷の下男らしい男が寄ってきて、元という役人が屋敷に宋を招きたいといいに来た。これに宋は首を傾げたが、そのうちに頭がふらついてきて、足が勝手に動きし、その男について歩いている。そのうちにある大きな屋敷にきて、一人の役人らしい男が宋を出迎えた。そして中に入り、応接間らしい部屋に入って座り、ぼけている宋にその役人らしい男が一礼して言い出す。
「宋さま。私をお忘れですか?」
これに宋は気がつき、いくらか慌てて答えた。
「え?いや、お手前はどなたでござる。私は覚えておりません」
「そうでしょうな。宋さまとは一度お会いしただけでござりますからな」
「え?どこで?私はそんなことはないと思いますが」
「ええ、そうでしょう。あのとき私はこんな姿をしておりませんでしたから」
「そんな姿?一体何のことでござる?」
「宋さまは、数年前、竜沙ですっぽんを漁師から買って川に逃されたでしょう」
「え?竜沙で?うーん。そういえばそんなことがありましたな。それで?」
「私がそのときあなた様に助けられたすっぽんでございます」
「な、な、なんと?お手前があのときの?」
「いかにも」
「そ、そんな!」
「驚かれることはありません。私は決してあなたには害を加えませんから。あなたは私の命の恩人なんですよ」
「そういわれればそうなりますな。でもあのときのすっぽんがどうして今の・・・」
「実は、私はもとは天の玄関の門番をしておりましたが、ある日、酒を飲みすぎて不届きなことを起こし、天帝さまに罰せられ、竜沙を流れる川のすっぽんに変えられました」
「ほう?」
「そしてあの日は、川の中の道に迷い、なんと漁師の網に引っかかってしまいましたのです」
「なるほど」
「そして子供たちにいじめられ、困っているときにあなたが来られ私を助けてくれたのです」
「そうでござったか」
「もし、あのままでおれば、私は食べられるか、腐ってしまっていたでしょう」
「そうでござったか」
「はい。で、その次の年に私は天帝から許され、今では九本の川をつかさどる役目についております」
「九本の川?」
「いかにも」
「それはすごい。で、私に何か?」
「私は恩返しのつもりで宋さまにお伝えしましょう」
「恩返しのつもりで何を?」
「実は、あなたの息子どのは、まもなく溺れ死ぬことになっておりましてな」
「なんと!そんな馬鹿な!」
「うそではありません。私の手元にある名簿ではそうなっております」
「では、どうにかならないのですかな!?」
「これはあなただけにいうのですが、数日後に山の神が地獄の使者に会いに行くときに、大嵐がおきます。そのときに、山の近くにいるあなたの息子どのは鉄砲水に呑み込まれ死ぬのです。実は息子どのと同じ名前の者がおりましてな。そ奴は日ごろから行いが悪いので、そ奴を息子どのの代わりとして死なせましょう」
「そんなことができますのか?」
「あなたの息子どのは行いがよく、それに比べ、同じ名前のそ奴は死んでもいいというもの。もし、これが天帝に見つかっても、たいした罰は受けないでしょう」
「そ、そうでござるか」
「さ、宋さま、いますぐ息子どのに山から離れるよういいなされ」
「あいわかった。かたじけない」
こうして宋は急いで舟で帰り、山の近くで仕事をしている息子を屋敷に戻させた。
数日後、確かに大嵐が起き、山とその周りは鉄砲水に襲われ、酒を飲んで逃げ遅れたという男が死んだ。こうして宋の息子は何のこともなく、その後も仕事を一生懸命やったので、のちに出世したという。
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