「このやろう!言わしておけば調子に乗りやがって!」と大男は不意に立ち上がった。しかし裴度の方は座ったままでニヤニヤしている。これを見た大男、自慢の大きな拳骨で、裴度の顔を力いっぱい殴ろうとした。ところが、その拳骨が裴度の顔に当たる前に、裴度の左手がすばやく伸びてきて、その拳骨をぎゅっとつかむ。これに驚いた大男は、拳骨を引っ込めようとしたが、拳骨は鉄の中に嵌ったようにびくとも動かない。これには大男だけでなく、ごろつき達も驚き、みんな立ち上がった。そして頭らしい男がいう。
「何だ、お前は!?俺たちになんの用だ!俺たちが誰か知っているのか!」
「ああ、知ってるよ」
「っだと?打ちのめされたいのか!!」
「いや、冗談じゃないよ。そんなことはまっぴらだ!」
「それじゃ、おとなしくしてろ!」
「そうかい?おとなしくしてるのはこの馬鹿な顔をした大男じゃあないのかえ」
と裴度は、自分に拳骨を握られたままでいる大男をみた。実は大男は自分の拳骨がすごい力で握られ、右の肩から下がしびれだしたので汗をかき、いくらか震えだした。そこで、裴度は「お前さんは、隅っこでおとなしくしてろ!」と拳骨を握った左手をぐいっと前に押した。するとどうしたことが、大男はものすごい力に跳ね飛ばされたように、店の隅っこの方に飛んでゆき、そこにたっている大きな柱にいやというほど頭をぶつけて気を失ってしまった。これにごろつきたちはびっくり。あんな大男を片手だけで吹っ飛ばしたのだから、これは只者ではないと悟り、それっ!と渡り合う構えをしたり、得意の得物を手にしたり、それはいずれも武術を学んだ人間なので、すばやい。
これを見た裴度は、なおもニヤニヤ笑って立ち上がり、「この店に迷惑かけるんじゃねえ、ごろつきども!外へ出やがれ!」といい、一飛びしただけで店の外にでた。これをみたごろつきたちは、それに続き外に走り出た。
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