北京から西へ350キロ行ったところに、歴史文化で名だたる都市ーー山西省の大同市があります。世界でも名の知られる雲崗石窟は大同市の西16キロにある武周山の南のふもとに位置しています。石窟は山に沿って掘られたもので、東西に延々1キロ伸びています。
雲崗石窟は中国の三大石窟の一つで、西暦460年から525年にかけて完成し、1500年余りの歴史を持っているところです。
雲崗石窟に、現存する主な洞窟は45箇所、付属の洞窟は207箇所、さらに小型洞窟は1100箇所余りあります。石像は51000体を超え、その内、一番大きな石像は高さが17メートルもあり、一番小さな石像はわずか二センチです。彫刻の内容は豊かで、造形は生きいきとしています。比較的短時間に集中して彫刻された雲崗石窟の石像は、北朝時代の仏教芸術を集大成したもので、中国の石窟の中でも特色のあるところです。1961年に、中国国務院から国の初めての重点文化財と指定され、そして2001年、ユネスコの世界遺産リストにも登録されました。
雲崗石窟には、仏様、菩薩、弟子、仏法を守る神々など、さまざまな宗教人物の石像があり、また、多様式の木造風の古典建築や優美で精密な装飾模様など逸品ぞろいです。雲崗石窟は中国古代の政治、経済、文化、芸術及び宗教信仰など社会の各方面を研究する重要な実物資料であり、また外国との交流や人々の友好往来の歴史を遡るところでもあります。
第16窟から第20窟の洞窟は、最初に彫られたもので、著名な僧侶曇曜の指揮の下でできたので、「曇曜の五窟」と名づけられました。石窟と仏像はともに高くて壮観なもので、主な仏像が石窟の主要位置を占めています。ドーム型の天井は古代インドの楕円形の草葺の家の真似をし、門と窓が一つずつあり、外壁に数多くの仏像が彫刻されています。この様式は石窟彫刻の歴史でも、珍しいものです。
曇曜は皇帝のご機嫌を取り、仏教を広げるため、仏様と帝王の石像を一体化しました。ですから、この五つの石窟にある五体の仏像は北魏時代の五名の皇帝を象徴したものです。主な仏像の高さは13メートル以上もあり、神と皇帝の最高の権力を象徴しています。この時期の仏像は政治的色彩が濃く、石窟は宮廷の雰囲気が漂い、各仏像の地位がはっきり分けられています。
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