次は、「太平広記」という本から「虎の王と狩人」です。
「虎の王と狩人」
時は、唐の開元年間、慈州に稽胡という狩人がいた。その日、稽胡は一頭の鹿を追って山奥にやってきたが、逃げる鹿はなんとある小屋に逃げ込んでしまった。これはしめたと稽胡は、小屋に走り入ったところ、中には鹿はおらず、赤い服をまとった一人の道士のような男がゴザの上に座っていた。小屋に稽胡がはいてきたのをみて道士はびっくり。
「これは失礼。実はいま、鹿が一頭この小屋に逃げ込んだのですが・・どうも・・いないようで、これは驚かせてすみませんでした」
こちら男も暫く黙っていたが、やがてこたえた。
「ま、いいですが、あんたは誰です?」
「言い遅れました。わしは稽胡といい、山のふもとにすんでいる狩人です。実は一頭の鹿を見つけ、ここまで追ってきたのですが、小屋に逃げ込んだのを見てこうして挨拶もなしに飛び込んできたというわけ」
すると男がまじめな顔してこたえた。
「わたしは実は虎の王でござる」
「え?虎の王?」
「いかにも。わしは天帝さまが下界に派遣したもので、虎たちの食い物をつかさどっていましてな。それにわしも腹が減っておるので、腹ごしらえしなくてはなりません。実はあんたをおびき出した食ってしまうため、ここまで誘ったまでのこと」
「え?そんな。では先ほどの鹿は・・」
「そう。あれはわしが化けたのですよ」
「あんたが化けた?」
これを聞いた男は横にある風呂敷から鹿の皮らしいものを取り出しかぶった。すると、男は瞬く間に先ほどの鹿に変った。そして今度は、また風呂敷から虎の皮を出してかぶると、男は大きな虎に変ったので稽胡は怖気づいて後ろに下がった。すると虎はまた男に変った。これをみた稽胡は恐ろしくなり、小屋から逃げ出そうとしたが、窓は小さいし、それに小屋の戸はどんなに力をいれても開かない。稽胡はそこに跪いて諦めた顔をした。
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