映画のジャンルや製作地を問わず、新作が上映されると、必ず映画館に足を運ぶ人たちがいます。しかも、毎回、映画館の一番前にある席に座ります。これは、いったいなぜでしょうか。
1945年10月、株式会社・満州映画協会を母体とした映画の製作所が長春に建てられました。1955年、その名を「長春映画製作所」に変えたことで、ここに新中国成立後、初めての映画製作所が誕生しました。
20世紀の半ばには、中国で初めての長編映画『橋』をはじめ、『氷山からの客』、『五つの金花』、『上甘嶺』など、数多くの優秀な作品を生み出しました。
しかし、90年代に入って、国の改革開放政策が展開されるにともない、外国の映画が中国市場に進出してきました。また、テレビやDVDなどマスメディアの普及にも影響され、長春映画製作所は、低迷しはじめました。97年前後には、資金が足りないため、1年に作り出した作品は3本しかありませんでした。製作所は、倒産の危機に直面していました。
製作所の責任者たちは、難局を打開して、長春映画製作所を立て直そうと、改革に取り組みました。先進国の経験を研究し、市場の状況を調査してきました。
「私たちは、新作映画がどう受け入れられているかを調べるために、欧米のものであっても、アジアのものであっても、かならず映画館に足を運びます。そして、作品そのものだけではなく、観衆の反応も知りたいので、毎回、映画館の一番前にある座席に座ります。」(劉麗娟・長春映画製作所副所長)
映画への執念が実を結び、改革の成果が出てきました。2004年、長春映画製作所は、10本以上の映画を撮影できるまで業績を回復し、いくつかの作品は、内外の映画祭で受賞するようになりました。
中国の映画を育てた揺りかごのような存在である長春映画製作所。一時は、落ち込んだものの、どん底からの逆転劇を見せてくれています。今後も、中国映画の発展により大きく貢献するでしょう。
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