また、呂猗(い)という学者の母がこれまで十数年床に臥していたが、屋敷に呼ばれた幸霊は、病人の床から少し離れて暫く座って黙っていた。しばらくして彼の開けた目がきらりとひかり、病人を見つめて言う。
「病人を起こしてもいいよ」
「なにをいう。母はもう十数年も床を下りたことがなんだ!」
「そんなこといわずに試してみたら?」
そこで呂猗は、母を助けて床から下りるように勧めると、母は何とか自分で下りると言い出し、なんと自力で床から下りた。これには呂猗や屋敷のもの、それに病人の母自身も驚いた。そこで幸霊がいう。
「もう大丈夫だ。あとはゆっくり養生すれはいい」
こういい残し幸霊は礼金を断って屋敷を出て行った。
このときから幸霊の名は知れ渡り、となりの町に住む高悝(かい)という人がこの話を聞いて、さっそく人をやって幸霊を呼んだ。人のいい幸霊は、また人助けだと聞き、高悝の家に来た。
「これは、これは、遠いところをわざわざご苦労様です」
「いったいどうしたんです?どなたかが病でも?」
「いやいや、実はわしの別荘で奇妙なことが起こりましてな。誰もいないというのに、置物が勝手に動いたり、夜になると変な鳴き声がしたり、誰がが話している声がするんですよ。おかげで誰も別荘に行く気になれません。そこであんたに何とかしてもらおうと思って来て貰ったわけですよ」
「置物が勝手に動き、変な鳴き声がする?」
「そう。これまで巫女さんや道士を何人がよんで厄払いしてもらいましたが、まったくだめでした。どうですかな?」
これを聞いた幸霊は座ったまま暫く黙っていたあと「じゃあ。その別荘とやらに案内してください」というので、高悝はさっそく幸霊を別荘につれてきた。
こちら幸霊は、別荘の玄関や建物にいろいろな札が貼られているのを見て「邪な札は全部取ってください」という。そこで高悝が下の者に貼ってある札を全部取らせた。これを見た幸霊は目を見張る高悝にかまわず、部屋の中に入って角のほうに座り込んで目をつぶった。もちろん、高悝や他のものは怖がって中に入ってはこない。
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