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中国では先週の土曜日が、旧暦の1月15日にあたり一連のお正月行事が終了しました。今週に入ってから、街が本格的に動き出した感じです。日本に較べれば相変わらずの寒さの北京ですが、ここに暮らす人間からすると、幾分春めいてきたように感じます。木々の芽吹きや花の蕾などは、まだ見つからないものの人の心が春節を境に春という新しい季節に突入しています。もちろん、暦の上でも春を迎えていますが、中国では旧暦1月15日の元宵節を過ぎて、新しい年、新しい季節が始まるのです。年ごとに伝統的な行事が減っているのは日本も中国も同じかもしれません。先週までは五月雨式にあちこちで爆竹や花火の音が聞こえましたが、元宵節の夜を境にその音はぴたりと止んだ感じです。賑やかに爆竹などを鳴らして、正月気分に区切りをつける。そんな習慣が私は好きです。さて、今日は元好門の「京都元夕」を紹介します。
作者、元好門は金末期の詩人。山西省太原の人。7歳の時から詩を作り、神童と呼ばれました。生涯のほとんどを山西省で暮らしたことや、南宋と同時期に中国に成立した金の人だったこともあり、あまり名前は知られていません。金の伝統文化の保護や仕事で接した農民たちの困窮ぶりに同情したり、祖国を愛した人間味あふれる人だったようです。詩のタイトル「京都(けいと)」は金王朝の都・汴京(べんけい)、現在の河南省開封のこと。「元夕(げんせき)」は旧暦1月15日の夜を言います。現在でも中国では旧暦1月15日までがお正月で、この日は元宵節といって提灯をかかげたり、張りぼてに灯りを点したりします。この詩の「灯火児童閙ぐ」の感じが容易にイメージできます。「袨服」は盛装、綺麗な服装、日本的に言えば晴れ着ですね。「華粧」は、華やかに化粧した、豪華な装いを言います。これもお正月の雰囲気をよく伝える単語です。この詩は作者が任官試験に合格して都で国史院に配属されていた時のものでしょう。この後、職を辞して中国の名山のひとつ嵩山(すうざん)や少林寺が有名な登封(とうほう)に帰ってしまいます。賑やかな元夕=元宵節の夜に1人華やいだ気持ちになれない作者の複雑な気持ちが伝わります。
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