会員登録

「冬至」杜甫

2015-12-24 15:00:58     cri    

 昨日22日は、冬至でした。今年の北京は初雪もだいぶ早く、冬が来るのが早かったように感じていますが、それでも実際は寒さが一番厳しいのはこれからです。1月下旬ころに寒さのピークを迎えるように思います。でも、冬至と聞くと寒さの峠を1つ越えたような気がします。中国では、この冬至、昔は物がみな蘇生する一陽来復の節句として重要視されてきました。確かに、この日が過ぎると少しずつとはいえ昼間の時間が長くなって来るわけですから、やる気の芽も少しずつ伸びていくようです。暦で新年を迎える前に、なんだか新しいスタートのピストルが鳴ったようで気持ちが一新されます。新しい目標に向かって・・・、その新しい目標を考える前にやはりここまでを振り返る時期でもありますね。今年はどんな年だったか、やり残したことはないか。今年の目標は達成できたか・・・。慌ただしさの中にも自分をみつめるきっかけを作ってくれる冬至、私はけっこう気に入っています。さて、中国を代表する詩人は、この日をどんな風にとらえているのでしょうか。

 作者、杜甫は盛唐の詩人。現在の湖北省の人。李白などと並んで、日本でもよく知られた詩人です。一族に詩人などがいたことから文学に親しむ素養があったようです。今回紹介した詩は、四川省奉節県にいた55歳ころに作られたようです。この詩には続きがあって、そこでわかるのですが、雪が降った後の寒い冬至だったようです。「年々至日」の至る日とは冬至のことです。客となるは、旅人となると言う意味で、作者杜甫自身のことです。忽忽は失意の様子で、窮愁は、甚だしい愁い。泥殺の泥は拘泥の泥でとらわれること、殺には殺すと言う意味はなく、泥を強調しています。江上の形容の江は長江のことで、形容はその水面に映る杜甫の容貌のこと。天涯の風俗、天涯が故郷を遠く離れた土地と言う意味ですから、異郷の地の習慣にも自ら親しむということです。この後には、「藜(あかぎ)の杖(つえ)をついて出かけて行き 雪があがった赤い色の谷を見下ろす」と続きます。そして、都長安を思う気持ちが表現されています。昼間の時間が短い、つまり漆黒の闇に包まれる夜が長い冬至の日、年老いて故郷を離れていれば、体の寒さだけでなく、確かに心も寒くなって、寂しくなりそうです。

関連ニュース
写真トピックス
コメント
今週の番組
今日熱点
快楽学唱中文歌
特集ダイジェスト
LINKS