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「玉階怨」李白

2015-09-11 18:22:53     cri    

 昨日、9月8日は二十四節気の白い露と書く「白露」でした。立秋から暦の上では秋になり、「処暑」を経ての白露ですが、この白露からは「暑い」と言う字も消えて、いよいよ秋の雰囲気が濃くなってきます。都会の生活では、葉の上に白い露を見つけることは難しいのですが、夜、暗くなるのが早くなったこと、暗くなってから鳴き始める草むらの虫の声がはっきりと聞こえるようになったことから、季節のバトンが夏から秋へ渡されたことを実感します。街角の果物屋に並ぶぶどうも種類が豊富になってきたようです。日本のようなデラウエアはなかなか見かけませんが、日本では高価な巨峰がこちらでは手軽な値段で売られています。私が好きなのは日本では見かけなかった「马奶」馬の乳と呼ばれるぶどうです。マスカットのような緑色で粒はデラウエアくらいですが楕円形です。種が無くて皮ごと食べるので、食べやすいのです。味も甘すぎず、酸味が微妙に効いていて気に入っています。空気もすがすがしくスポーツの秋ですが、中国にいるとやはり秋は味覚の秋になってしまいます。さて、今日は李白の「玉階怨」を紹介します。

 作者、李白は盛唐の詩人。もう、何度も登場していてお馴染みかと思います。今回の詩は、李白が尊敬する南朝の詩人、謝朓(しゃちょう)の「玉階怨」を意識して作ったものです。この謝朓は名門貴族の出身で、役職を歴任しましたが、王位をめぐる政争に巻きこまれて獄死しました。タイトルの「玉階怨」は後宮の宮女がなかなか来ない皇帝の訪れを待ち侘びる怨みを歌う楽曲の名前です。玉階の玉とは大理石のことですから大理石でできた階段。待ちくたびれて部屋から大理石の階段のところまで出てきたのでしょう。羅襪は絹の靴下です。夜ずっと外にいて下りた露で靴下も濡れてしまったようです。大理石の階段や絹という言葉から、豪華な宮殿にいる宮女であることがわかります。却下しては、下ろしてという意味です。簾も水晶と、やはり豪華です。玲瓏は玉のように光り輝くことです。水晶の簾越しの光と月の光、どちらも来ない人を待つ宮女の気持ちを反映してか、光なのに冷たい感じがします。そんな冷たい光の中、冴え渡る月をひとりぼんやりと見るということですね。大理石や絹、水晶と豪華なものに囲まれても一人ぼっちはさみしいもの。ましてや夏が終わってひんやりとした空気に包まれ始めた今頃は、尚更かもしれません。

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