戌年の春節を祝うショートメールは縁起のいい言葉として、「ワン、ワン」です。犬の真似声ですが、縁起のいいことになれるのは、ワンの漢字にあるからです。もともと「、」ですが、今年は語呂合わせで、旺盛の「旺」がよく使われています。戌年は犬のほえ声「旺、旺」で始まり、年中元気になりそうです。
中国でも日本のように「犬は正直、忠実、情け深さの代表だ」と見て、かわいがられており、ペットとしてもよく飼われています。四字熟語には、こういった特徴を生かした内容があります。よく馬と組み合わさっています。
「」があります。「恩人に恩返しするため犬と馬のように誠心誠意に働く」という気持ちを表しています。
もう一つ、「」です。ここで合わさった「」は一つの単語としての意味があり、昔中国で、臣下が君臣の前で自ら名乗るときに使われる謙遜語です。「」は、ここでは「奉仕する」意味です。「」は、「犬と馬のように君臣のために奉仕する」という気持ちの譬えで、ここから派生して「喜んで他人のために奉仕する」という意味としても取られています。
しかし、犬が命を掛けてても主人を守ろうとする懸命さは、プラスよりマイナスのイメージとして取られている方多いようです。
例えば、「他人の勢力を笠に着て人をいじめる、犬が人の力を笠に着る」という意味で使われています。(1)「」と言われています。日常生活ではこういう人を言うとき、よく次ぎのように言います。
(2)「」ば「鶏や犬が天に昇る」という意味です。それは「一人が権勢を得ると、その親族・縁者(えんじゃ)までがそのおかげを被って、暮らしがよくなったり、威張るようになった」ことのたとえです。からかうニュアンスが強いです。他人はもちろん、冗談のつもりで自分のことを言う場合も少なくありません。この言葉の由来については、よく知られています。
2000年ぐらい前の漢の時代、道教の修業を重ねた劉安という人がやっと仙人になり天に昇ることになりますが、残した仙薬をなめた鶏と犬も天に昇ったとのことです。
鶏と結びつける悪い意味の熟語もいくつかあります。
(3)「」です。「鶏や犬ですら安らぎできない」という意味で、「喧嘩や騒ぎなどで精神的に不安定になる」ことと「治安がひどく乱れている」ことを喩えています。
それから、よく使われているのは「」もあります。「鶏や犬を盗む」という意味ですが、「(こそどろなど)人目をはばかるような不正行為を働く」ことを指しています。「正々堂々」と正反対の生き方と言えます。
ほかの動物と一緒に組み合わせる単語もいくつかあります。
人に忠実する犬の特徴を、友人関係にも生かされています。「悪友ども、不良仲間」の譬えに使われています。「狐と犬の友人」(4)「」です。
子供がみっともない友人ばかり作るときに、親がその子供に不満を言う場合、この「」を使います。
次は有能な人の悲しい気持ちを表す熟語で、「」です。「ウサギが死ねば猟犬は煮て食われてしまう」という意味で、「用がなくなったかつての功労者が殺される、または免職される」のたとえです。
狼とのコンビもあります。「」で、日常生活では、よく「恩知らず」という意味で使われています。
また、(5)「」は「いくら正直で忠実な犬でも、追い詰められると塀を跳び越える」という意味です。日常生活では、よく「いくらおとなしい人でも窮地まで追い込まないよう」と戒めるときに用いられます。
このほか、犬の血も生かされています。「」は「犬の血をぶっ掛ける」という言葉遣いですが、「罵倒する、悪罵を浴びる」という意味です。
犬の上下の歯がジグザグしている様子も譬えに使われています。「」です。「境界線が犬の牙のようにジグザグに噛み合っていること」ことまたは「多くの関連要素が絡み合っていること、対立している双方が短所と長所がある」を譬えるときに、使われます。
これに似た単語は「」です。
四字熟語はこれぐらいに紹介しますが、犬にまつわる言葉はまだまだあります。
常に主人に添えて悪いことをする手先のことを、「」とあだなをつけます。
それから、一生懸命媚びる人を、犬の種類「チン」で譬えています。中国語では「ハバ狗」と発音しますこのように言われた人は、もう人格的に最悪だと回りの人に見られていることになります。
犬に譬えられた人は次の言葉もあります。
「水の中に落ちた犬」の意味で、「」があります。水中に落ちた犬のびしょびしょの様子が惨めな感じがします。この様子を、「失脚した悪人(あくにん)」を譬えて言っています。
次は、「飼い主をなくした犬」のことで、「」です。「寄る辺のない人」または「志を得ずに落ちぶれた人」の譬えです。
犬の熱心さはことわざにも使われています。
「余計な節介をする」を譬えて、「犬がネズミを取って」と言っており、(6)「」です。もう一つ、うそをつくことのたとえで、「羊頭狗肉(ようとうくにく)」のことで、中国語では、「羊の頭を掲げて犬の肉を売る」というふうに言って言って、(7)「」と発音します。
最後の一つですが、「鶏に嫁ぐと鶏になりきり、犬のお嫁になると犬になりきる」ということわざです。結婚した以上はだんなといつまで一緒になり、いくら優れた男性が表れても見向きはしないよというニュアンスが強いです。結婚した女性の言葉遣いで、(8)「」で、場合によって、「自慢、あきらめ半分、満足」など、いろいろニュアンスが含まれています。
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