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水墨画家・傅益瑶さん~後編

2014-04-22 18:46:34     cri    


 1979年。中国では10年間続いた文革が終わり、改革開放が始まりました。その年に、30歳を過ぎた傅益瑶さんは、アート専攻の留学生第1号として日本へ渡りました。日本語は勉強したことがなく、飛行機の中で、「あいうえお」のにわか勉強をしたといいます。

 留学先は父・傅抱石ゆかりの武蔵野美術大学(1933~35年、抱石が同大学の前身である帝国美術学校に留学)。言葉のハードルもあり、中国と日本の経済格差も大きい中、益瑶さんが一心不乱に留学生活を続けることができた一番の理由は?そして、指導を受けていた平山郁夫画伯の思い出も語ってくれました。今回もフル回転の「馬力あるエンジン」のお話を続けてお聞きください。

 傅益瑶(ふ・えきよう)さん

 1947年南京市生まれ、中国近代画壇巨匠・傅抱石の三女。

 1979年、国費留学生の第一期生として来日。

 平山画伯のほか、奥村土牛、東山魁夷、加山又造、塩出英雄らの巨匠に就いて日本画を習う。

 日本の祝祭文化に深い関心を持ち全国各地で取材。

 横浜円満寺の障壁画『比睿山延暦寺』『天台山国清寺』は第二回輪雅賞を受賞。そのほか神道文化奨励特別賞受賞。

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