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この皇帝の命令にさっそく使いの者が早馬で婆さんが住むという鳳陽県の石村に向かったが、かの婆さんは80近くになり、体を悪くして床に臥していた。そしてかつて自分が救った少年がいまの皇帝になり、当時自分が物乞いから帰り、鍋で温め食べさした「真珠翡翠白玉湯」のことを覚えていてくれたのとを知り、涙をぽろぽろと流した。これを見た使いの者、このばあさんは年をとり体も悪く、これでは都に連れ帰るのは無理だと悟り、せめて、かの「真珠翡翠白玉湯」の作り方でもと教えてくれと頼んだところ、ばあさんは罰が当たったような顔をして答えた。
「何をとんでもない。あの"真珠翡翠白玉湯"というのはわしが勝手につけた名前ですワイ。実は全てが物乞いしたきたもので、残った青菜の汁やお粥、残った米のご飯とおこげ、残ったおかずなどでござるよ。変な名前付けて騙したりしたもんだ」
これを聞いた使いの者はびっくりしたがそれでも仕方なく都へ戻り、皇帝の朱元璋にありのままを報告した。これには朱元璋、始めのうちはぽかーんとしていたが、暫くしてことを悟ったのか、「餓えるときは食を選ばず、寒きときは衣を選ばず。あの時は空腹で何でもうまく食べられたものよ。いまではよきものが多すぎてうまきものも味なしと思うものよ」といい大きなため息をついたという。
こうして多くの金銀や衣類を命の恩人であるばあさんに送り、ばあさんのいる地方の県令にばあさんの世話をするよう命じたそうな。
え?殺された宮殿の料理人たち?それはことを悟った朱元璋が後悔し、これら料理人を手厚く葬ったほか、その家族にたくさんの金や物を賜ったそうな。
はい、おわり
そろそろ時間のようです。では、来週お会いいたしましょう。
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