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CCTVキャスター・白岩松が語る:日本のサッカーがレベルアップした理由

2011-11-14 11:18:37     cri    

 (一)

 日本では色々なものが目まぐるしく変わる。その移り変わりの激しさに翻弄されることも少なくない。首相がその最もたる例である。私はこの数年間に4人の首相に会ったことがあるが、今ではそのすべてが「元首相」になってしまっている。

 だが、首相交代劇を除けば、日本にはそれほどコロコロ何かを変える習慣はない。「いったん決めたことは最後までやり抜く」というのが日本の特徴だと言えるだろう。日本のサッカーがレベルアップしたのは、こうと決めたやり方を貫いたからにすぎない。その結果として、日本のサッカーは世界でも中堅国、アジアではトップクラスの地位にまで上り詰めることができたのである。

 (二)

 1980年代、私は日本のサッカーを見下していた。中国チームとの試合でも、日本チームが一勝することがあっても、二試合、三試合と続けば、中国の白星が圧倒的に多かった。その実力の差は誰が見ても明らかだったのだ。だが、その20年後、肝腎な試合において、中国チームが日本チームをやっつけることは出来なくなっていた。

 1993年、日本ではJリーグが開幕し、サッカーのプロ化が始まった。中国も1990年代半ばからプロサッカーリーグが設立された。日本は当初の考えを変えることなく20年を歩み続けたが、中国は、サッカー協会により何度も「壮大な10年計画」が練り直され、その度にこれまでの計画が白紙になった。戦略がコロコロ変わり、中国のサッカーが退化し続ける主な原因となっていったのである。それもいたしかたないと言えるだろう。なぜなら中国では、サッカーの成績、イコール、サッカー協会長の功績になるからである。協会長が変わればそれに連なるすべてが変わる。そして、最終的に、中国のサッカーをレベルダウンさせてしまうことになったのである。

 (三)

 日本では、サッカーの先進国となるまで、20年もの歳月をかけることが許された。特別な機器を用いた訳でもなければ、特殊な訓練をした訳でもない。その他のサッカー先進国のやり方をただ真似ただけである。言うなれば、スポーツ界の一般常識にのっとっただけに過ぎない。

 西側社会には「No Need to Reinvent the Wheel(車輪の再発明をすべからず)」という慣用句がある。すでに確立されている技術や解決法があるにもかかわらず、わざわざ最初からやり直そうとして時間を無駄に過ごすべきではない」という意味が含まれている。

 だが、中国のサッカー界は、何度も何度も車輪の再発明を試み、そして、奇怪な形状の車輪を発明した結果、その骨組みまで壊してしまっている。どうすればよいだろうか?子どもでも分かることである:車輪は従来の丸いものを使えばよいのだ!

 そう、一般常識に基づけばよいのだ。

 日本のサッカーは、特に何かをしたがために急激にレベルアップした訳ではない。たんに、プロリーグを重視し、若い選手の育成に力を入れただけである。そして、サッカー先進国のやり方を学ぶために、指導力のある外国人コーチをまねいただけに過ぎない。プロリーグが始まれば、何もかもを管理下に置くことはならないと悟った日本サッカー協会は、社団法人Jリーグにその管理運営の権利を委ね、協会の管轄から独立させた。

 そうすることは決して難しいことではなかったはずだ。最終的に、こうすることが一般的だと誰もが思うはずだ。だから、中国から誰が視察に行ったとしても、日本のサッカーをレベルアップせしめた「秘伝の技」をお目にかかることはないだろう。日本が20年間貫き通した「スポーツ界の一般常識」を見せつけられるだけである。

 そのため私も大きな期待をまたもや抱いてしまう。中国サッカー協会が、そうした「一般常識」に忠実になり、10年20年30年という長い歳月をかけて中国のサッカーを発展に導けば、管理者が名声を求めないことが管理者の功績として評価され、将来の成功につながる「正のスパイラル」を築くはずだ、と。そうなるのであれば、官僚や記者による日本視察も決して無駄ではないと言える。

 中国サッカーを良き方向へ導くためには、一般常識にのっとって、あれこれと方針を変えることなく貫き通すべきなのだ。(文=CCTVキャスター・白岩松)

 「中国網日本語版(チャイナネット)」 より

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