自然豊かな都市・富山
富山市プレスツァーに参加し東京に戻ってからすでに二週間も過ぎた。立山スキー場、薬の広貫堂、ライトレールなどは今にも脳裏に焼きついて離れない。
東京から富山市まで遠くはなく飛行機で1時間弱で到着できる。日本記者クラブフォーリンプレスツァーに参加したアジアの国や地域の日本駐在記者一行十二名が富山空港に着いたのはその日の午前十時前だった。

富山テレビ放送局の奥田さんらに迎えられ、さっそく日本有数の山岳観光地、立山山麓にあるスキー場へ向かう。前日雪が降ったため銀色の世界が一面に広がっている。今年東京で一度も雪を見たことのない一行はいささか興奮気味。車窓から時折民家の屋根の下にあるツララを目にすることができる。
関係者の説明によると、立山スキー場はスキー人口の減少により経営が苦しくなり、富山市に移管されたかつての県営の「らいちょうバレースキー場」とその隣接の「極楽坂スキー場」をあわせてできたもので、その後経営上様々な工夫をしてやっと黒字経営に転回した。現在季節によりここで色々なイベントが行われ、市民の憩いの場となっている。金融危機の影響のため、今冬には隣の韓国やロシアからのスキー客は往年より少ない。普段の日のためか、その日はスキー客が少なかった。外国からのスキー客を誘致できるならば、富山を元気付けることにつながるので努力をし続けているそうだ。

スキー場に着いた私達は、関係者から渡されたスキー服などを身につけ、ゴンドラリフトに乗り山頂へ。ゴンドラリフトから見た周囲の景色はまた格別のものがあった。足元にある山、遠くにある山と民家、そして微かに見える遠くにある海など、まるで一幅の絵のようだ。山頂でスノーシューを着用して暫くスノートレッキングを体験したりして楽しいひと時を過ごした。
先用後利「用を先に利を後にせよ」の広貫堂。富山には薬を製造する歴史ある製薬会社が数多くあり、130年余の歴史を持つ広貫堂はその内の一つで、富山では最も古い製薬会社である。
店の前には「六神丸」という三つの漢字を書いた看板の布が吊るされている。説明によると、「六神丸」の源は中国で、昔中国で商売する京都の和服商人が風を引き、「六神丸」を飲んだところ大変効果があり、日本に持ち帰った。その後中国の薬草を一部利用しながら、日本の製薬技術を使って日本なりの「六神丸」を開発し、今日まで至ったそうだ。

先用後利「用を先に利を後にせよ」と言うやり方は興味をそそるものである。説明によると、現在の言葉で言う販売員は製薬会社から薬をもらって住民の家を巡って薬を配置する。薬代はその飲んだ分だけをもらう。残った分は店に返還しても、また消費期日を過ぎたものを店に返品してもい一切料金はとらない。ということで一昔前、このやり方が大変喜ばれ、配置薬を利用する所帯は50万を超えるものだった。しかし、現在薬を売るチェーン店が多く、何かあった時に近くの薬局で求めることができる。そのため、一部の山間地帯を除いて配置薬を利用する家庭が少なくなった。が、富山は富山市を中心に製薬業の発展に力をいれ、上述のような家庭配置薬の生産量は日本全国のその半分を占めているそうだ。
富山市は日本北陸地方富山県の中部に位置し、面積は1241平方キロ、人口は42万余り、コンパクトな都市と言える。近年環境に優しい都市づくりに精を出している。2006年4月に開業した「公設民営」の路面電車「富山ライトレール」はその一例だ。高齢者や障害者のことを考え、すべての車両は低床型に設計され、また路線両側に住む住民のことを考え、道路に敷いた軌道は振動・騒音防止に役立つ樹脂でレールを固定した。私達はそれに試乗した。今は「市民の足」として定着し、一日5000人ほどが利用している。今後高齢者の増加により、このライトレールを利用する人がさらに増えるだろうと関係者が言っている。また観光スポットしても注目を集め、県外からの観光客が訪れている。

地球温暖化防止のためそれぞれの国は環境を配慮した都市作りに全力を尽くしている。北京の中心部・前門の町も改造され、路面電車が走るようになっている。今後ガソリンを使うバスが少なくなり、路面電車が益々増えてくるだろうと思う。
ちなみにこの富山市は中国の秦皇島市と姉妹都市関係にあり、両市は様々な交流活動を行っている。また、富山空港から中国の大連、上海までの直行便もある。両国都市間の交流が益々盛んになるようお祈りする。
(文・写真:kokusei)
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