北京
PM2.577
23/19
聞き手:王小燕
ゲストは東日本国際大学の西園寺一晃客員教授。「一帯一路」イニシアティブの視点から見る中日関係の可能性、そして課題をめぐってお話を伺います。
日本のメディアでは「巨大経済圏構想」として伝えられている「一帯一路」ですが、このイニシアティブに含んだ理念は、西園寺さんの目にはどう映っているのか。この構想に持つ可能性、そして長期的かつ安定した中日関係の構築に与えるポテンシャルは何か。今回は中国ウォッチャーの西園寺さんに現状と課題などをめぐり、分析していただきます。
■インタビュー内容の抜粋
ーー「一帯一路」イニシアティブのことを、西園寺さんの目にはどう映っていますか。
まず思い出すのは地域協力です。冷戦が終わって、今までEU、NAFTA、AUなど、それぞれの形の地域協力がありました。アジアでは、東アジア共同体が話題になりましたね。今はグローバル化の時代です。どんなに強い国でも、一国では生きてはいけない。地域で互いに協力し合う、という意味での地域協力を想像していました。
昔のシルクロードは、東西でモノが交流すると同時に、文化も交流していました。したがって、現代シルクロード、文化の交流が大きな位置を占めるじゃないかと思います。成功すれば、地球全体の人類に貢献することができると思います。
今は反グローバルという勢力が出てきましたが、グローバリズムは全般的に言いますと、阻むことができない。その中で、どんな国でも、どんなに大きな、強い、豊かな国でも、大中小の国々がそれぞれ違った形で協力し、分業し、そういう中で経済が動いていく時代です。その中で、発展している国、先進国と発展途上国、大きい国と中小国、強い国と弱い国、色々な形で協力関係を結んでいかないと、世界がやっていけないと思います。そのための方法の一つとして、「一帯一路」があるのではないかと思います。
ーー日本のメディアは「一帯一路」を取り上げる際には、「巨大経済圏構想」という表現をしばしば使っているようですが…
確かに、日本ではあまり経済が強調過ぎているように思っています。確かに、経済面というのが大きいですが、その経済面がスムーズにいくには、やっぱり各地域の国民同士の相互理解というのがどうしても不可欠だと思います。人間の生活、人間同士の関係、国同士の関係、 国民同士の関係もある、それらをすべて含んだのが「一帯一路」だと思いますね。
日本では、「一帯一路」は巨大な中華経済圏だと誤解されている面もあります。おそらく中国は「一帯一路」のことを「中国の影響力を強くするためにやっているものだ」と考えていないと私は信じていますが…そのために、確かに、「一帯一路」は中国が提唱したものですが、これは中国のためのものではない。だから、主人公は全体、その成果というものは合理的に分け合わなければいけないと思います。
ーー逆に言いますと、なぜ日本ではなぜこれが主流の声になっているとご覧になりますか。
それは、一つは人類の歴史だったと思いますね。今までの人類の歴史を見ると、強い国が支配していました。たとえば、1950年代以前は、世界の海にはユニオンジャックは翻っていた。世界の主要な通貨がポンドだった。それが第一次世界大戦、第二次世界大戦を経ると、今度は星条旗が広がった、主要な通貨がドルになった。支配者が変わったわけです。つまり、 大きな国で台頭してきて、経済力がついてきて、軍事力がつくと、そういう国が前の国にとってかわって、世界を支配していました。そういうイメージを皆、中国にもっていました。将来は中国が今のアメリカをとって代わるじゃないかと。そのとっていく過程が「一帯一路」なのだと、いう誤解がありました。誤解といいますか、それが今までの歴史だったから。
中国はおそらく後10年すると、アメリカに匹敵するぐらいの大きな、強い、豊かな国になると思います。それは誰がやっても阻むことができないことです。その時に、強くなった中国が覇権主義をやらない、対外侵略しない、としたならば、これが人類の歴史の中で、初めての新しいタイプの平和的な大国です。
私は、グローバル化の人類の社会というのは、色んなタイプの国が共存できるような地球になってほしい。何故ならば、仮に覇権争いの戦争が起きたら、勝者がいないんです。敗者は人類だからです。
これから発展する強い国は、もちろん自分の国の豊かさを追求しなければなりません。しかし、同時に、国際社会全体の歴史を考え、自分の利益と相手の利益を同時に考えなければなりません。「人類運命共同体」というのは、そういうことを習近平主席は先取りして、打ち出した表現だと思います。今の現実でみると、それしか人類が生き残れないと思います。
【プロフィール】
西園寺 一晃(さいおんじ かずてる)さん
1942年、政治家・西園寺公一氏(さいおんじ・きんかず)の長男として東京都に生まれる。
1958年、一家で中国に移住し、10年間北京市で過ごす。
1967年、北京大学経済学部政治経済科卒業。同年、日本に帰国後、朝日新聞社に入社。同社調査研究室に勤務し、中日友好事業に長年携わる。
日本中国友好協会全国本部副理事長、参与、東京都日中友好協会副会長、工学院大学孔子学院学院長、東京都日中友好協会顧問などを経て、現在は東日本国際大学客員教授。
父の西園寺公一氏は参議院議員を務めた日本の政治家で、1958年に日中文化交流協会理事、アジア太平洋平和理事会副理事長に就任。中日国交正常化前の中日民間外交の先駆者であり、民間大使と呼ばれた。中国在住時(1958-1970年)には毛沢東主席、周恩来総理と親交を結んだ。
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