小説家・古川日出男、北京で「アジア文学」を語る(1)

2019-03-19 19:05  CRI

「千年に一度」の文学的理解から始まった紫式部との共同創作

       案内人:王小燕

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 今回は、今年でデビュー20年を迎えた小説家・劇作家の古川日出男さんによる、北京での講演会の内容をご紹介します。

 古川さんは去年秋に中国を初訪問しました。その滞在は中国観光だけでなく、中国現代文学館への訪問、中国人作家との交流、清華大学や北京外国語大学に招かれての講演会、中国人の学者や学生らとの交流会なども開かれる一週間となりました。

 去年9月18日放送の「CRIインタビュー」では、清華大学文学創作&研究センターの主催による講演会「千の耳を持つように~ヒップホップ文学という実験」の様子を抜粋してご紹介し、初訪中への思い、ヒップホップを文学に持ち込むという実践、そして古川さんの朗読の音声をお届けしました。これに対して、リスナーからは「一度聞くだけでは感想が書けないほど衝撃的な内容」「その場で聞きたかった」と、熱烈なメッセージの添えられた受信報告も届きました。

 今回からお届けするのは、北京外国語大学北京日本学研究センターで行われた講演会と交流会の様子です。中国の漢字から生まれた日本文学と文化の現状、さらに、より大きな視野で捉える「アジア文学」の可能性をテーマとする講演の中で、古川さんは自らがかかわった創作と新しい文学的試みを紹介しました。その内容を今日から全3回に分けて紹介していきます。

 1回目は、2011年に故郷・福島で起きた巨大地震と津波、そして、原発事故を原点とする、一連の試みです。

 

◆古川日出男氏の北京外大での講演内容(抜粋)

<アジア文学の可能性を考える>

 2017年12月に、早稲田大学文学学術院の鳥羽耕史教授の発案・主催による「東アジアの文学、文化研究の国際化とナショナリズムの陥穽」が東京で開かれました。私は日本の作家として参加しましたが、同じくパネリストとして招かれていたのが、中国から参加した2014年の「フランツ・カフカ賞」受賞者である作家の閻連科さんと、北京外国語大学で日本近代文学を研究する秦剛教授でした。全員参加のパネルディスカッションにおいて、閻連科さんから「一つの国の閉ざされた文学ではなく、アジア文学という括りで考えてはどうか」という提案がありました。これには異論の声もありましたが、私は今回の訪中までの9か月間、ずっとこれを考えていました。そして、アジア文学という存在への予感を深めることができたのです。

<故郷を襲った大災害と僕自身の文学的実践>

 僕は福島県の出身で、東京までの新幹線が通る中心駅のある町に生まれました。実家はシイタケ栽培をしていました。大学生になり福島を離れましたが、東日本大震災の時に、あまりにも多くの人が犠牲になり、被災地の人々が放射能に怯え続けるのを外から見て、動揺し、悲しみ、怖くなって……「なぜ福島の人たちがひどい目にあっているのに、自分は外にいて安全にテレビを見ていられるのか」と思い、それを記録に留めるために現地に行って、文章を書いたり本を作ったりしました。

 誰かを助けたいけれど、ひとりではできない。人の手を借りたい、誰かと一緒にやっていきたいという気持ちが生まれてきました。人と人が手を結んで生きる期待のような気持ちが、2011年3月11日以降、ものすごく強く生まれていきました。

<まずは「千年に一度」の想定外を文学的に理解してみたい>

 当時は何かというと、「想定外」というようなフレーズが流行っていました。

 地震が起きて、土砂が崩れて、死んでいった人たち。津波に呑まれて16,000人が海水を飲んだりして、溺れて死んでいってしまったこと。知り合いも含む人々が被爆するような出来事を「千年に一度だから、しょうがない」、「あ、そうですか、仕方ないんですか」と扱うのは嫌だな、と思いました。

 では、自分に何ができるかと思った時、「とにかく小説で」と考え、まずは、「千年に一度」ということを文学的に理解したいと思いました。それはやり方としては簡単です。千年前の文学作品を読めばいい。日本という国に対して、こういう複雑な感情を抱いてしまったなら、千年前の日本文学を読んでいけばいいと思いました。

 そして驚いたことに、日本には千年前にもちゃんと小説がある。つまり、作家・古川日出男の同業者が千年前にもいる。そして、千年前に小説を残して、名前も残した作家というのが、大長編小説を書いた女性なのです。

 それが『源氏物語』、紫式部という女性作家が書いた、日本文学の古典です。僕が最初に読んだのは、谷崎潤一郎の現代語訳です。それも含めて、与謝野晶子の現代語訳など、いくつかを震災後にもう一回読み直していきました。

<王朝文学『源氏物語』の今日的読解~その凄さと弱点>

 『源氏物語』という大長編小説は全54部で構成された一つの物語で、その発表以降、日本の文化を変えていきました。たかだか一人の女性が書いた物語が、日本の政治を本当にその後、100年、150年、400年というスパンで変えて、日本の歴史を動かしてしまった。これが『源氏物語』の凄さの一つだと思っています。

 この千年前の小説を読んで、この作品の手を借りたい、あるいは紫式部という小説家の手を借りたい、もっと違う言葉でまとめて言うと、「千年前の自分の同業者に助言を、アドバイスを仰ぎたい」。そう思うようになりました。

 『源氏物語』は、主人公の光源氏が死んだ後も、まだ13巻続きます。最初は光源氏の子供や孫がヒーローとなりますが、途中から、ある女性に光が当たります。浮舟という女性です。彼女は、当時の男性中心で、貴族がいて、そのトップの世界に入ることが一番の幸せという世界が嫌になり、川に身を投げて、しかし奇跡的に助けられます。最後は髪を下ろして、出家します。

 女性の本当の幸せについて、政治の世界でお金を儲け、閉ざされた世界で競い合う男たちの、愛人や妻になることだけが素晴らしいとされる時代に、全てを拒絶し、離れていって、自立していく。(浮舟は)ひとりの人間として、一人の女性として生きています。そんなエンディングを書いているのです。

 2011年の震災時の日本にも、幸せの理想像というのがありました。社会がこういうルールで出来ていて、これが幸せだと言っているのに、「そうじゃなくていいよ」、「その外に出ていけばいい」と言える、そういう紫式部の凄さに気付かされて、一つ勇気をもらいました。

<紫式部との共作~『女たち三百人の裏切りの書』>

 紫式部には弱点もありました。彼女も貴族社会の人なので、外の世界にはほとんど触れていません。ですから、階層が下の人、下級階層・下層民というのは一切出てきません。ここに、『源氏物語』という作品の大きな弱点が当然あったわけです。

 それなら、紫式部と手を結んで、震災の後に何かモノを作るとしたら、その弱点を補うことが、自分にとって紫式部との共作になるのではないか。彼女が見ていた世界でないところを、僕が書くことによって補って、その当時のもっと大きな全体を書けるのではないか、そういう風に考えています。

 それは言ってみれば、京都の中心の政治の中枢がある内裏、あるいは京都を包む畿内という地方の外にまで広がる『源氏物語』、日本の辺境のための『源氏物語』です。僕の中で一つの言葉が浮かびました、これは夷狄(いてき)のための『源氏物語』だと。僕は、野蛮人しかいない場所として原発を建てられた者たちと繋がっているのだから、そういう人間として辺境の存在する『源氏物語』を、紫式部と共作しようと決めました。 そういうものを日本列島の中心周辺から書いていって、『源氏物語』の世界を包囲してしまおうと思いました。それで、2013年から書き始めて、2015年に出しました。

 幸い、非常に評価してもらって、本当にありがたいことに文学賞ももらって、嬉しかったです。――そして、その作業をする中で、お互いに手を借り合っていけば、ある地域の人達、ある時代に閉じ込められた人たちが持つ弱点をも補えるのではないか、という風に思い始めました。

 

【プロフィール】

古川日出男(ふるかわ ひでお)さん

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 小説家。

 1966年福島県生まれ。早稲田大学文学部中退。
 1998年、長篇小説『13』でデビュー。第4作となる『アラビアの夜の種族』(2001年)で日本推理作家協会賞と日本SF大賞をダブル受賞。『LOVE』(2005年)で三島由紀夫賞、『女たち三百人の裏切りの書』(2015年)で野間文芸新人賞と読売文学賞をダブル受賞。2016年刊行の池澤夏樹(いけざわ なつき)=個人編集「日本文学全集」第9巻『平家物語』の現代語全訳を手がけた。その他の代表作に『サウンドトラック』(2003年:仏・伊語に翻訳)、『ベルカ、吠えないのか?』(2005年:英・仏・伊・韓・露語に翻訳)、『聖家族』(2008年)、『馬たちよ、それでも光は無垢で』(2011年:仏・英・アルバニア語に翻訳)、『南無ロックンロール二十一部経』(2013年)などがある。

 文学の音声化としての朗読活動も行なっており、2007年に文芸誌「新潮」で朗読CDを、2010年には文芸誌「早稲田文学」で朗読DVD『聖家族 voice edition』を発表。宮沢賢治の詩を朗読したCDブック『春の先の春へ 震災への鎮魂歌』(2012年)も刊行している。
 また他ジャンルの表現者とのコラボレーションも多く、これまでに音楽家、美術家、漫画家、舞踊家等との共演・共作を多数行なっているほか、2014年には蜷川幸雄(にながわ ゆきお)演出の舞台のために戯曲『冬眠する熊に添い寝してごらん』を書き下ろした。
 2011年の東日本大震災の後、自ら脚本・演出を手がけた朗読劇「銀河鉄道の夜」の上演や、言葉と表現をテーマにワークショップなどを行なう「ただようまなびや 文学の学校」の主宰など、集団的な活動にも取り組み文学の表現を探究している。
 近年は世界各地で開催されている文学イベントに度々参加し、講演や朗読パフォーマンスがいずれも高評を得ている。

 

【リンク】

★2018年9月18日放送/千の耳を持つように~小説家・古川日出男さん清華大学での講演会から

古川日出男作家デビュー20周年×期間限定×公式ウェブサイト

【リスナーから/愛知県・ゲンさん】

『源氏物語』が日本の政治を、100年、150年、400年という幅で変えていて、結局日本の歴史を動かしてしまった。
ということは、考えてもみませんでした。私たちはもっと紫式部に感謝しなければならないですね。
紫式部が貴族の外の世界の人のことは書いてないことは、私でも分かるのですが、
それを彼女の欠点だと看破して、3.11後に自分が出来ることとして
紫式部と手を結んで、弱点を補って共作を創ろうという発想は圧巻ですね。
<紫式部との共作~『女たち三百人の裏切りの書』>を読んでみたいと思いました。
 
今、個人的に、「絶望」に関する本を読んでいるのですが、ものすごく笑えて励まされています。
落ち込んだときに、心の支えになりそうな本です。本の力は凄い。
 
「裏切りの書」という否定的なタイトルに潜ませた、
古川日出男という作家のすさまじさを感じざるを得ない、ワクワクする放送でした。
まだシリーズが続くとのこと、とても楽しみにしています。
 
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