北京
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8月のこのコーナーでは「平和と戦争を考える」シリーズでお届けします。今回は先日、北京で開かれた日本人アナウンサー、中国国際放送局OGでもある坂東弘美さん(70歳)と中国人の若者との交流会で取材した内容をご紹介します。
73年前に終わった世界大戦は、中国側からみれば、日本から侵略・植民支配され、甚大な被害を被った「抗日戦争」でした。公の統計では、1931年から1945年までの15年間、中国側の死傷者数が3,500万人、経済的な損失が5,000億ドルに上りました。一方、日本側から見れば、第二次世界大戦は自らが加害者であった歴史と同時に、300万人余りの戦没者が出、多くの民衆からすれば、被害を受け、体も心も深く傷ついた歴史でもあります。
中日平和友好条約締結40周年の今年、歴史を直視し、平和と友好の増進について語る交流会が初夏の北京、中国人民大学で行われました。名古屋からフリーアナウンサーの坂東弘美さん(70歳)が講演、朗読を織り交ぜながら、来場者の質問に答えていました。
戦争体験者の子供として、中国と日本にあった過去の憎しみあう歴史を乗り越え、世界の真の平和を守るために大事だと考えていることは何か、今日の番組は交流会会場での録音を中心に構成してみます。
なお、1947年生まれの坂東弘美さんは中京テレビアナウンサーを経て、フリーランスとして主に岐阜放送テレビ・ラジオの番組に出演。漫画『はだしのゲン』をひろめる活動を始め、数多くの社会活動で活躍。中でも、中国とのかかわりでは、1996~98年、中国安徽省蕪湖市の高校で日本語教師、1999⁻2001年、中国国際放送局日本人専門家。 2001年、南京で「紫金草合唱団コンサート」に参加。そして、2012年に発足した河村市長「南京虐殺否定」発言を撤回させる会で2016年まで共同代表。現在は名古屋の小学校や中学校、地域で朗読の授業や平和教育講演を続けている。
著書には、『とどけウクライナへ』八月書館、『海をこえて銃をこえて』風媒社(服部美恵子と共著)、『私は「戦争」から生きて帰った』青史社(合同出版)などがある。