北京
PM2.577
23/19
向田 和弘
続けてみていこう。
② 2020年のGDPを2010年の倍にする
日本の経験からすれば、単純な経済学的GDPの向上には意味が感じられず、GDPが国民の収入に跳ね返る根拠もない。GDPが国民の幸福度に反映されないのは常識である。現実に中国に生活する立場から言えば、この10年の物価上昇は異常なものがあり、この「成長」に給与レベルが追いついていないという現実があり、不動産の狂乱的高騰も市民生活の形を変えてしまった。これは、ただ単に数値を引き上げればいいという問題ではなく、国民経済の全数値をバランスよく調整するという仕事になってくるはずである。収入と不動産価格、そして不動産価格が間接的に影響するすべての物価などにも配慮し、押さえる部分は押さえ込まなければならない。ただ単に数値を追い求めるだけでは、一部の者が私欲を満たすだけの悪循環が生まれる。成長戦略と同時に、これを防止する仕組みが求められる(これはすでに習主席がはじめていると理解している)。
また、外資企業の立場からすれば、給与のベースアップを強制的に求められるという事例もある2)。この強制的付加価値創造という点においては、この数字を「作る」のは簡単な作業なのである。そうした意味で、私たちが期待するのは、物価の安定と資源浪費の削減、そして実質的収入増に結びつく施策であり、現実的な物価環境と収入環境を作り出す努力を期待したい。何年働けば家が変える、コーヒーは月間収入の何分の1、と、細かい数字を積み上げることで、収入と生活のバランスを実現することが、「和楷社会」には求められてくるであろうし、一般市民が「中国夢」を実現するための道のりを見つけるための手助けになるだろうからである。
ちなみに、2010~2015年における中国のGDPは毎年公表されたような7パーセント前後の伸びを示しているのに対して、北京市の可処分所得レベルは2011年が32903元(都市部)、2012年36469元(都市部)、2014年の時点で平均43910元(都市部)となっている。GDP増加幅以上の増加をし続けているが、実際には前期のような強制的ベースアップがあるためにデータが出てくるだけであって、このまま行けば企業は苦しくなり、結果的には首を絞めることになる。まずはこれを市場主義で解消し、全体のバランスをとるのが最初の仕事になるのではないか。杓子定規な給与基準の調整は企業のためにも個人のためにもならないし、よしんば個人の収入が向上したとしても、企業の体質が悪くなってしまっては、結果として経済活動にはマイナスなはずだ。この点は、計画経済的な施策ではなく、もう一歩踏み込んだ市場化が期待されるし、もちろん、GDPも目標を立てるはいいが、その実現は市場活動に任せるべきであるし、計画につじつまを合わせて、逆に批評を浴びるような結果を招くことは避けるべきだと考える。
基本的に、政治とは国民の幸福のためにあるものである。試験地獄から続いているのか、数字ばかりを追求していく姿勢は、中国としてももうそろそろ終わらせてもいいのではないかという気がする。無理に外向きの数字を積み重ねるのではなく、物価向上の「元凶」である不動産価格の調整や、それを支える学区制など制度、そして一部の利益供与にもつながっている「内部訂購」の取り消し等の仕組みの取締りなどからコントロールしていくのが物価上昇を根治する方策ではないかと思えてならないし、中国が国民に安心して暮らせる国となるための方策に思えてならない。もちろん、外国人として、中国には「外国人が勉強や仕事や定住先として来たくなる国」「生活に充実感を感じられる国」になってほしいし、友人らが毎日憂いなく暮らせる国になってほしいと願っている。
③ 都市住民の重症疾患保険制度を完備する
こちらもまた、民生の問題である。
日本では1961年に国民皆保険制度を実施してからすでに半世紀が経ち3)、それが台湾に伝わり1995年には台湾地区でも制度化4)、ここ数年では、中国大陸でも、ほぼ全国民をカバーしうる城镇职工基本医疗保险や新型农村合作医疗などの制度が根付きつつある。しかし、現状の保険制度は対象疾患や給付範囲はもちろんのことだが、制度自体の強制性が足りず、国営を除く様々な企業では最低限の金額をかけるか、本人の誓約書を以って保険金徴収を行わない企業も存在している。保険制度は、普段健康な若年層にはあまりわからないかもしれないが、全国民が安心して暮らすための補償制度として、大国にはなくてはならないものである。老後の病気、家族の病気、自分の病気と、年齢を追って上がっていく罹患の可能性を考えれば、医療費の高騰が制度によって引き起こされている今5)、そして誰もが老いていく中で、何かがあったら支えてくれるものがなければ、安心して生産活動に取り組むことなどできるものではない。国家としては、この制度を、それが大病であろうが軽症であろうが完備し、国民を守る姿勢を示していくべきであるし、参加の優位性を認識させる努力をしていくべきだと考える。また、この制度の整備は、支付宝が「扶老人険」を発売した現象に見られるような、国民が良心を発揮できなくなる状況をも解決していけることが期待できる。
④ ビッグデータ戦略の実施
ビッグデータの利用は現在の時点で多くの国家や企業が提起しつつも結果として実現できていない領域である。全国規模でのビッグデータを使用した経済戦略は方向として重要であるが、実際にすべての省庁や自治体、国営企業などが施策に生かしきれるかどうかが重要なキーとなってくる。
まず、上掲の計画生育計画に関して考えるのが一番わかりやすいと思うのだが、もしも実行が可能であれば、全国規模での人口動態をビッグデータで把握することは、出生率のコントロールのみならず、医療政策や保険政策にも活用することができ、有効な医療資源の配置と予算の振り分けにも応用することができるだろうし、この考え方は他の全業界にも応用できるはずである。つまり、経済を発展するという角度ではなく、資金や人材の無駄をなくす方向にもビッグデータが使われるべきで、例えGDPの成長がなくとも、資源消費を合理化することにビッグデータを用い、同様の成長をもたらす方向へ導くべきなのではないだろうか。他にも、交通管理、ナビゲーション、農作物の生産出荷管理など、その場その場のコントロールをすることで、浪費のない国にしていっていただきたいと願っている。
本来、ビッグデータは過去及び現在進行中の大量のサンプルデータから未来の動きを予測したり、速やかな方向転換をするために遣うものであるから、政府の全部門がその使用方法を把握し、時々刻々と変化する人口と国民の要望をより確実に捉え、バランスのとれた「経営」の手助けとなるように利用し、国民生活の利便性を高めるられる用に成れば、いっそう政府の信用度が高まると考える。これは同時にたくさんの公務員を抱える政府の大きな宿題であり、実現した日には、世界が驚く結果を生むことになると信じている。
⑤ 史上再高レベルの環境保護制度の施行
ここ数年のPM2.5汚染は我々「住民」を苦しめる問題の代表的存在であり、残念ながら中国の代名詞のようになってしまっている。これは複雑に絡み合ったバリューチェーンの生み出す複合汚染の結果であり、反腐敗やビッグデータや医療など、すべてのキーワードが全部関係する非常に大きな問題となっている。
これを解決するには、何よりも大きな力が必要であり、国家統治能力が問われるものとなるはずである。それぞれの企業や工場だけでなく、現時点で数々の許認可部門にはびこる汚職を徹底的に取り締まることが、自然環境だけでなく、国民生活や、政府の信用レベル、金融、医療など、すべての領域に国民の信用という富をもたらすことになると考える。
「健康中国」の全国レベルでの実行のためにも、国民が暮らす環境を整備し、環境汚染を最高レベルで管理し、様々な意味できれいな国へと変身すべきであるし、今はまさにその時期であると思う。(続)