北京
PM2.577
23/19
向田 和弘
はじめに
昨年九月末、中国共産党第18期五中全会が終了し、2016年からの五年間の中国を展望する「第十三期五カ年計画」の骨子が発表された。習近平総書記による三大方針①新境地②新理念③新経路のもと、これらの骨子を基に関係法規が整備され、来年の全人代までには枠組みが更に明確化、2016年からの中国を形作っていくことになる。
本稿では、現実の中国社会における市民の反応や、生活の現実から、この骨子に求められるものを考え、より良い社会実現のための提言を試みるものである。なお、あくまで生活者の角度から記したものであるから、経済学や社会学などの角度からの社会科学的批判は受け止めきれない。筆者としては、ただただ中国の政策環境と生活環境の向上を促す意味で書いているということを前提としてご理解いただければ幸いである。
習総書記の発表は、その全文が公開されているが、ここ数年の流行として、一部メディアがそのグラフ化をしてくれているので、本稿では中国経済網の発表した「何止"放开二孩" 十三五还定了这些大事(以下「何止」)」1)を基礎に、その内容を確認して行きたい。また、この場で全ての検証は不可能であるから、本文はあくまでも上記特集で取り上げられた範囲での政策に関して、より良い効果を得るための意見として捉えていただければ幸いである。
各論
さて、「何止」では、今回の発表について、その提言内容を以下の項目をまとめている。
①二人っ子政策ーー一人っ子政策の廃止
② 2020年のGDPを2010年の倍にする
③ 都市住民の重症疾患保険制度を完備する
④ ビッグデータ戦略の実施
⑤ 史上最高レベルの環境保護制度の施行
⑥ 政府の価格決定への関与を減少する
⑦ 国有資産管理制度の完備と金融監督スキームの改革
⑧ 国有資本を取り崩し、社会保障基金を充実する
⑨ ヘルスケア及び食品安全制度の向上
⑩ エコ型社会の建設
⑪ 党幹部の党籍剥奪
⑫ 中央委員の繰上げ補選
以下、このまとめに従う形で、項目別に展望を考えてみたい。
二人っ子政策ーー一人っ子政策の廃止
今回発表された政策の中で、なによりの目玉は、事実上の一人っ子政策の廃止であり、これは発表と同時に国民が多く議論するところとなった。本政策は、現状の中国が社会の高齢化問題と生産人口減少問題の対策として取り組む施策のひとつであるが、日本で高齢化社会とそれによる保険負担増、社会構造の変化を目の当たりにしてきた立場からすれば、少々遅かったのではないかという感も強い。もちろん、日本の危機的状況と照らせば、今回切った舵の意味は大きいし、日本も出産奨励の方向性を考えてもいいのではないかと感じる。
中国では1972年天津でその第一声が発せられ、79年頃から一人っ子政策が全国に広められ、80年代後半生まれの若者からは、ほぼ一家には子供が一人しかいない状況が普遍化、この状況は40年間にわたり継続してきた。この減少は、人口ボーナスの時期を過ぎると人口オーナスへと転換し、現在では生産力の低下と将来の社会のゆがんだ負担として顕在化していることからも、現政府としてはこれまでの政策を転換せざるを得なかったのではないかと感じるし、2013年の3中全会から変わりだした政策からは、それに踏み切った現指導部の危機感も同時に感じることができるのだが、まだ2名に制限している点は国家イメージにマイナスに感じるし、問題の解決にはならない。そして、現実的には、実際の市民は物価や社会環境の変化から、生むのをためらうようになっている。実際に奏功するかは、どれだけ市民生活に豊かさが回復するかにもかかっているし、子沢山を幸せの象徴と考えない世代が出てきている今、計画出産政策を逆のベクトル、つまり増やすための計画へ向けなければならなくなるのではないかと感じるのは、私だけではあるまい(当然のことながら、農村部、2-3級都市と呼ばれる地方都市での「まず生んでしまえ」という層の存在も事実として認識している。中国の国家発展の大きな課題として、都市農村間の意識の不一致が挙げられると思うが、この「生育観」は非常に大きなものの一つであり、指導者層が危惧するのは理解している。ただ、この観念的な意識の差は、現実の経済状況や社会環境により変化していくものであるから、本文の提言はそれを全部含めた30年スパンのものであることをご理解願いたい)。
一方、一人っ子政策の残した問題も多い。一つ種を失った老夫婦の晩年の生活をどうささえるのかという問題はもちろんのこと、不妊症に苦しむ夫婦、生みたくても政策で生めず、政策が変わった時点ですでに生育能力がなくなっている夫婦。物価が高くなる世の中でも安心して生める、安心して育てられる、別の条件で育てられない人は里子に出せ、生めない人は里子を貰い受ける、そうした「やさしい社会」がこれからは求められていくのではなかろうか。また、いっその事、計画出産そのものをやめてはどうなのだろうか。そして、こうして傷ついた人々へのケアの視点が、これからの立法には求められてくるであろうし、現指導部の今後を見据えた政策実行力にも求められてくる。これは1年に200億元と言われる計画生育委員会の「罰金」のバリューチェーン6)を断ち切ることにもなるので、既得権益者からの反発は避けられないであろうが、そこは反腐敗を含めて現政権に英断を期待したいところである。それは懐妊という人間の生理的仕組みと、子供を産む喜びを再び国民に返す試みであり、ある程度国民の「生活充実度」を向上することになるはずである。
また、出生率低下と人口高齢化への対処としては、遅きに失した部分はあるが、ここ数日の株価の動きを見ると、関連株が活発な動きを見せ始めており、一定の経済効果は期待できるのではないかと考える。もちろん、これは最低でも2016年の立法後、17年からのことになる。
ほかにも、これらへの対策として、
① 出産と育児を支える社会保障環境の充実
② 上記に伴う社会保障基金の拡充
③ 不妊症夫婦対象の補償つき里親制度の立法化
不足している施策としては、
④ 人口減に対応するための、これまでとは逆に出産を促し、その生活を支える社会環境を整備する施策のデザイン(フランスのように、子供が増えるほど手当てが増えたり、所得税率が優遇されたりという制度は参考にすべきに考える)
⑤ 人口学的知見を広く取り入れた人口対策(数々の経済指標は予測不可能であるが、人口は唯一「将来予測」の可能な数値であることを考えた財政や医療費政策の設計を行うこと)
など、国民に寄り添ったアクションが求められていくはずである。こうした施策が、現指導部の国民との対話の成果として現実化することを望むばかりである
なお、本項は2016年の全人代で立法化されるが、2人目も依然として「出産許可証」が求められるものであり、自由に生んでよいわけではない。この点に関して、現地市民はあまり論議していないのが不思議なところであるが、これは将来的には完全撤廃を目指すべきだと考える。現状の経済環境で、出産の「市場化」もまた社会の求めるものになってくるはずだからだ。(続)