スポーツの最高の場で悔いを残さない
ーーシンクロナイズドスイミング中国代表
井村雅代ヘッドコーチに聞く
2006年12月、シンクロナイズドスイミングの中国代表は日本人のヘッドコーチを迎えました。「日本シンクロの母」と呼ばれている井村雅代さんです。
「中国がホストとなって開く大会で、ぜひともメダルを取りたい。あなたの力を貸してください」。中国体育当局の担当者の「メダルへの思い」に打たれて、中国行きを決めたという井村ヘッドコーチ。この8月、コーチとして、7度目のオリンピックを迎えます。
先日、井村コーチにお話を聞くことができました。音声はこちらから>>
■ 中国生活は"楽しい"
Q 北京で生活するようになって、どのぐらい時間が経ちますか。
A もう一年が過ぎて、十四ヶ月目になります。
Q 最初の頃と比べて、感じたことに何か違いを感じますか。
A 中国は住み心地がいいですね。日本から中国を見ていた時はもっと堅いイメージがありましたが、中国に来てみると、中国はすごく中国の空気が動いていますし、人間も明るいことが分かりました。日本のほとんどの方は、中国の本当の姿を知らないのではと思います。
Q 中国語もずいぶん覚えられましたか?
A いや、練習で必要な言葉は分かりますが、日常会話はまったくだめですね。本当に練習の時に必要な言葉ばかりなので、普通の会話の世界とまったく異なります(笑)。
Q 指導する時によく話す中国語は?
A 練習(練習しろ)!
不対(間違いだ)!
不行(だめだ)!(笑)
Q 今、毎日のタイムスケジュールはどうなっていますか。
A 朝8時に練習を始め、だいたい夜の9時まで続きます。週末ですか?関係ないですね(笑)。日曜日はささやかにありますけれど、選手たちは月曜日から土曜日までは、一斉練習ですから、日曜日は個人的に見てほしいと言ってくる選手を指導します。強くなるためですから、見てあげようと思っています。
Q "仕事詰め"の毎日のようですね。
A 仕事と思ってやるならたいへんですけど、仕事と思っていないから、楽しいです。
■ 変わっていく選手の体つき
Q ここ一年余りの中国選手の変化は?
A 何よりも体つきがよくなりました。私が来た頃は、「没有筋肉」。筋肉がありませんでした。今はシンクロのアスリートらしい体つきになっています。
Q どのような指導法で筋肉をつけたのですか。
A 日本からトレーニングコーチに来てもらっています。そのコーチに「こういう体の部分に体の筋肉をつけてくれ」、と細かくお願いして、その通りにやってもらっています。選手たちにとっては、私がシンクロのコーチなのに、まずは、体作りから始めたことに驚いたと思います。
Q 中国の選手を指導する時、特に気をつけていることはありますか。
A 日本の選手を指導するときと一緒です。変わりがないですね。日本の選手も中国の選手も出来ることと出来ないことがあります。出来ないことに関して、妥協しないで、徹底的に練習してもらいます。変わらないですよ。
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天壇公園近くにある中国国家体育総局のトレーニング基地 |
訓練局にある水泳館 |
■ 『全ては挨拶と笑顔から』浸透する"井村流"
Q 中国人選手に「井村流」の指導法で叩き込んでいると聞いておりますが。
A 中国に来て、まだ三ヶ月目に、世界選手権(2007年3月・メルボルン)がありました。その時はとにかく、選手たちに「愛想笑い」と「挨拶」させることを重視しました。誰かと会った時は「ニイハオ」。何かしてくれた時には、「謝謝」と言わせるようにしています。それはなぜかと言うと、シンクロは採点競技で、強いだけでは勝てない種目だからです。だから、審判員にも応援され、観客の方にも応援してもらって、そして良い結果を得る。そういう種目ですから、人とすれ違った時、にこっとできないような選手はやはりだめだと思います。だから、選手たちに言うことは、みな、CHINAのジャージを着ている限り、中国代表のシンクロの選手だとすぐ分かること。関係者や審判員とすれ違ったら、たとえ、その人と言葉を交わしたことがなくても、知らない顔して通り過ぎるのではなく、きちんと挨拶をしなさい、と「愛想笑い」を一生懸命、教えました。
Q 効果が出ていますか。
A はい、出ていますよ。私たちの住んでいるところから、練習のトレーニングセンターに行く時はバスに乗っていきますが、今はバスを降りる時にも、選手はかならず運転手さんに「謝謝師傅!」(運転手さん、ありがとう!)と言うし、朝、私の顔を見ると、「おはようございます」、午後ならば、「こんにちは」と必ず挨拶してくれます。決して、黙りこむことはありません。
Q 皆さんは井村コーチに日本語で挨拶するのですか。
A はい。挨拶は全て日本語です。すごく上手ですよ。私の日本語よりも上手です(笑)。
■ 「あと何日」が一番嫌な言葉
Q 五輪は8月が迫ってきていますが、練習中はどのようなムードですか。
A 「あと何日ある」と言われるのが、私は一番いやなことです。
トレーニングセンターの中に、いたるところに「あと何日」という電光掲示板がありますが、あれ、いやですね。もっともっと時間があれば、もっともっと教えてあげられるから。でも、やはり、オリンピックの日が決まっているので、その日までに、できるだけたくさんのことを中国の選手に教えたいです。それに対して、中国の選手はオリンピックで良い成績を残したい。もうそれしかないです。そのことに対して、全然ぶれていないし、迷いもないです。
Q 北京五輪に向けて、一言お願いします。
A オリンピックはスポーツをしている人たちにとって、最高の場です。そこで戦えることは、最高に幸せなことです。選手冥利につき、コーチ冥利につきる、そういう場ですから、皆は決められた日に向けて、悔いのないように、戦えばよいと思います。結果については、(それまでの日々が)本当に悔いのないものであったならば、きっと爽やかなものになりますから。勝った人には敬意を払い、自分より強かった人には尊敬の念を抱くと思います。
スポーツをする人たちにとって、悔いのない一日一日を過ごしてほしいし、私もそういうふうに過ごしています。(聞き手:王小燕)
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